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Baby Princess(べびプリ)短編「病辱少女の願いと拈華微笑の贈り物」
Baby Princess(べびプリ)短編

「病辱少女の願いと拈華微笑の贈り物」

綿雪ちゃんとミキちゃんへの愛を精一杯ありったけ詰め込みました。
G’sマガジン8月号の綿雪ちゃんの短編小説を読んだら、もう大好き過ぎてどうしようもない展開だった事と、あのままアレだけで終わらせてしまうには惜しすぎるミキちゃんという素敵なキャラが居たので、なんとか活躍させてあげたくて書きました。


G’sマガジンでもトゥルー日記でも語られていない、綿雪ちゃんとミキちゃんの過去話を妄想しながら、今の一生懸命に頑張る綿雪ちゃんへ繋げる話を書いたつもりです。

多大に私の勝手な妄想が入っているので、そういうのが苦手な方には申し訳ございません。


今回のは完全に薄幸少女モノです。ヤンデレとは違います。
薄幸少女が一生懸命に頑張って、最後に一筋の光を見るとかそういうお話です。


今回は一応、べびプリ知らない人、もしくは知ってるけどG’sマガジンまでは読んでない方も居るかもしれないので、簡単に主人公キャラの説明します。


*綿雪ちゃん

トゥルー家族において13女であられる、病弱な女の子。
今年になって小学生一年生になりました。病気で休む事もあるけど、運動会などには積極的に参加する、頑張り屋さんでもあります。

また、6女の氷柱お姉ちゃん(ツンデレ)とは凄まじく仲が良いです。
公式設定でも半ば認めてるんじゃないのかと思わせるほどにガチカップル。
巷では綿雪ちゃんが攻めで、氷柱お姉ちゃんが受けというのが定説っぽいです。

私の書いたこの短編では、昨年のまだ入院する事が多かったであろう綿雪ちゃんを書いています。
今みたいに良い子になりきれない所があったり、我侭な部分もあるように書いています。
その綿雪ちゃんが今みたいなとっても良い子になれるまでを書けてれば幸い。


*ミキちゃん

G’sマガジン8月号で掲載された、綿雪ちゃんの短編小説があります。
そこに登場した、綿雪ちゃんのお友達です。

まだまだ病気がちで入院する事もあったであろう、綿雪ちゃんの病院でのお友達として登場します。

「ユキちゃん――ミキ、向こうで神様にあったら、絶対にユキちゃんに“お兄ちゃん”を下さいって頼んであげるからね」

という言葉が、綿雪ちゃんと交わした最後の言葉になってしまった女の子です。

ミキちゃんの家族構成は妹が居ると言うことぐらいで、他には何も書かれていないようなので、私が妄想にまかせて色々と設定してあります。公式のものではありません。

なので、だんだんと自分で書いててミキちゃんが可愛くてどうしもなくなってきてしまい、半分主人公はミキちゃんみたいな内容になってしまいました。


ちなみに、下のは以前私の妄想を絵にした綿雪ちゃんとミキちゃんの絵。
参考までに。ミキちゃんは雑誌上で絵にもなっていないので、完全に私の脳内設定です。

watamiki11

二人はきっとこの位仲良しさんです。

***

なんとなく、上記のキャラ説明を読んでもらえればべびプリ知らない人でも、読んでもらえるかなぁと思います。実際、先日全然まったくべびプリ知らない人に読んでもらっても大丈夫だったので。

まだべびプリあんまり知らない方で、興味をもった方はトゥルー日記へどうぞ。

べびプリ短編は今までもちょっと書いてきましたが、初めて時間をかけてゆっくりと作りました。
今できる精一杯の力とか妄想で書きました。
少しでも楽しんでもらえたら幸いです。


本編は、「続きを読む」で全文表示です。



「病辱少女の願いと拈華微笑の贈り物」


全てを無へと消し飛ばすかのような、純白の闇に包まれた回廊。
非常灯から零れる緑光の輝きだけが清廉潔白な床を薄く染め、幻想的空間を形成していた。

綿雪は小さな体を更に縮めるように背中を丸めながら、おっかなびっくりに先へ進む。
病院の中でも特殊病棟として認定されているこの建物は、通称D病棟と呼ばれている。
まだ幼い児童を専門として扱う病棟・・・とされているが、それだけでは説明不足なのだと、綿雪は理解していた。
何年もこの病院に通い、何度も何度もこの病棟に入院していれば自然と誰でも気付く事。

廊下には、耳障りな音が満ちていた。
綿雪の小さくか細い足音よりも明確に、克明に、生きる者全てに訴えかける音の群体。

ピッ ピッピッ  ピッピッ    ピッピッ
ピッ ピッ  ピッピッピッ
ピッ ピッピッピッピッ   ピッピッ
ピッ ピッピッピッ  ピッ

電子音。
心音を計測する機械音が、無感情に平坦なリズムを奏でる。

綿雪が廊下を進むと、ほとんどの部屋から漏れ聞こえる。

命を切り刻む音。
電子音が一つ鳴るたびに、装着された人間の命を削り取る。いずれ、削るだけの命が無くなった時は甲高く鳴り続ける―――まるで死を報せるために啼く虫のように。

ピ―――――――――――――――――――――

廊下の奥から聞こえる音。
また、誰かが白い世界に行った。
この病棟には多くの死が、数え切れない絶望が蔓延り、汚染していた。

「ああ、ぃあああぁ!!!いやぁぁあ!!いやぁああ!!」
成人女性の絶叫―――先ほど消えてしまった幼い命の母親が腸から搾り出すように叫ぶ。
聞く者全ての精神を破り捨てるかのような痛々しい悲鳴が病棟を縦横無尽に刺し貫く。
毎晩、こうやって誰かの叫びを聞くたびに綿雪達、病棟にいる子供は「次は自分かもしれない」という恐怖の杭を胸に深々と打ち込まれる。

女性の愛別離苦に滲みた悲声は次第に嗚咽混じりとなり、廊下を進む綿雪の全身に蠢く蛇のように絡み付いてくる。


これが、この病棟の平然たる日常だった。


綿雪は戒めの鎖の如く足首を縛り付ける死の臭いを振り払うために、少し足を早めて目的地へと向かった。


―――506号室。
扉の前に立ち、綿雪はようやっと安心することができた。
一息入れて呼吸を整えると、慣れた手付きでノックをする。
「ミキちゃん・・・ミキちゃん・・・まだ、起きてる?」
少し遠慮がちに綿雪が呼びかけると室内からは衣擦れの音と共に返事が返ってくる。
「起きてるよ、ユキちゃんがそろそろ来るかなって思ってたところ・・・。良いよ、入ってきて」
綿雪が歓喜の表情を浮かべて扉を開くと、そこには愛しい友人が笑顔で待ってくれていた。

艶のある長い髪を先端部分で一括りにして背中に流した少女。陶器のように白い肌は青い光を帯びているようにも見える。細長い三日月眉、淡く紅をさした唇、どこまでも清らかさに満ちた、綿雪と同い年の麗しい娘が手を振って出迎える。
その細い手指は今にも折れそうで・・・とても愛おしい。
「ミキちゃん!」
綿雪はミキの胸に飛び込む―――嗅ぎ慣れた優しく甘い香気が綿雪を抱擁する。
「ユキちゃん・・・また、誰かが神様の所に行っちゃったのかな・・・」
ミキが綿雪の背中を撫でながら憂い顔でそっと呟いた。
すると、綿雪が腹の中に溜めていた恐怖を一編に吐き出す。
「もう嫌だよ!怖い、怖いの!一人で部屋に居るとね、誰かの呻き声が聞こえるの、誰かの痛みが伝わるの!ずっとずっと、ピッピッピッ・・・って聞こえるの、誰かの命が消えるまでの間、ずっと聞こえるの!嫌、こんなの嫌だよぉ!」
瞳からポロポロと涙を零しながら自分の体にしがみついて叫ぶ綿雪――ミキは恐怖と不安に塗れた両眼と視線を重ねる。
「ユキちゃんは、怖がりだもんね。今日も一緒に寝てあげるから、ほら泣かないで・・・」
氷細工のように繊細な指で綿雪の瞼に溜まった雫をミキが拭い取る。
綿雪よりも先に入院しているミキは、同い年ながらも綿雪の姉のように接してくれた。
澱んだ恐怖が決壊した時、綿雪はこうしてミキの部屋に飛び込んでいた。

その度に二人は夜を共に越える。
室内には遠慮呵責無しに命を弄ぶ電子音が侵入し、今もなお子供を亡くした母親の背筋が凍りつくような慟哭が病棟に轟く。
綿雪とミキはそれらの音に飲み込まれないように、無慈悲な白光に消し飛ばされないように、必死で自分と言う存在がここにあることを認識するために、幼い肉体を交わらせる。

桃色の唇で熱を交換、互いの舌が別種の生き物の如く交接し、唾液が掻き混ぜられる。
口内を攪拌する淫らな響きが、室内に這入りこむ濃厚な死の匂いを忘れさせてくれた。

「ミキちゃん、いつもみたいにして・・・ユキのあそこが、またジクジクって疼くの・・・」
綿雪が喜悦に満ちた表情でシャツのボタンを外す。
華奢な体に薄い肉付き。
綿雪という名の通りに白い肌―――少し上気したせいで薄く赤みを帯びている。
幼い肢体はまだ十分な成長を迎えてはいないが、それゆえに御伽話の妖精のように不可思議にして幻のような、現実的存在感の希薄さを兼ね備えた美しさを放っていた。

見る者を夢幻に誘う西洋人形のような美しい綿雪の肉体。

その身を引き裂くのは――夢を醒ます程に痛烈な―――傷痕。

まだ膨らみの無い胸の中心部から下腹部にまで、皮肌の上を今にも超大な百足が這いずり回るのではないかと疑ってしまう程の、鈎裂きの痕跡。
生涯消える事の無い手術痕・・・。
疼く、疼く、疼く。
頭の芯からつま先まで、全身に拡がる。

自身に迫る死の恐怖に耐え切れなくなった時、綿雪の傷痕は焼け爛れた熱を持って疼く。
皮も肉もまとめて削ぎ落とし、体内を直接掻き毟りたくなる衝動。慰められるのは、同じ苦しみを植え付けられているミキだけ。

綿雪の胸元にミキの舌がそっと当てられる。
そのまま歪な曲線を描く傷痕の道筋を丹念に、丁寧に、優しく舐める。
ミキの舌が動くたびに綿雪のまだ起伏の無い胸が跳ね、薄い下腹は大きく波打った。
「あ・・・はぁ、良いよ。ミキちゃん、ユキの事全部・・・あげる。だからミキちゃんも、私に全部、頂戴・・・」
柔らかい臍下を丹念に舐めていたミキを綿雪が押し倒す。
この世の者とは思えない、妖艶な笑みを貼り付けた綿雪が執拗にミキの首筋を舐る。
「ミキちゃんも、ジンジンするよね・・・、痛いよね、気持ち悪いよね?ユキと一緒に全部忘れよう・・・」
綿雪がミキのシャツを乱暴に剥がす―――ボタンが弾け飛び、床に軽い音をたてて散らばった。
「良いよ、ユキちゃんに全部あげる。ミキの体・・・全部食べて」
物の怪じみた異様な色香を漂わせる綿雪にミキは己を生餌の如く差し出す。


蛍光灯の光を反射する、鏡面のように磨きぬかれた美しい肌。
ただ、一点を除いて・・・。

ミキの左胸部は抉り取られていた。

本来は柔らかい肉が盛られているはずの場所には、目を背けたくなるような酷たらしい傷痕が掘り込まれている。将来、膨らみを帯びるはずの乳房は殆ど消失、代わりに獣牙や鈎爪で滅茶苦茶に噛み千切られたような痕が痛々しく残っている。

右胸部と均整の取れない歪んだ肉体。
ミキの総身が発する背徳的な美しさを前に綿雪は意識を飲み込まれる。

ミキの疼きに綿雪がキスをする。
「ミキちゃん・・・ミキちゃん・・・、好き、好き」
綿雪の小さな手がミキの窪んだ乳房に優しく触れる、舌先は抉り取られて歪んでしまった胸の先端部を執拗に撫でる―――母親に甘える幼子の様。

綿雪の犬歯がミキの僅かに残った胸肉に突き立てられる―――甘美な痛心に震える背筋―――歯牙が薄く肌を貫き、唇の端から真紅の美酒を滴らせていた。
口内に含んだ僅かな血液を舌上に乗せる、目配せするともなくミキが自らの舌を伸ばす。二本の舌が淫蕩に溺れたまま抱合し、赤い水が二人に甘美な味を与えた。
夜を迎えるたびに胸の傷痕から生える茨がミキの全身を縛っていた。その拘束が綿雪の愛撫を受けるたびに枯れ落ちて消えてゆく、緩んでいく、解放される。

常世に続く、二人だけの交歓―――。
二人の体が蕩けて交じり合う音だけが室内に充満する。
網膜に焼き付く程に白い足首―――行為が進むにつれて複雑に絡み合う。

その嬌声、淫音に溺れて、沈み込み、熔解する―――。
死の色に満ちた白亜の城で懸命に正気を保つための儀式。

恐怖も愛欲も性欲も・・・何もかもが攪拌される。
無我夢中に求め合い、我が身を張り裂かんばかりに白熱する欲求が二人の少女を内から焼き尽す。

―――二人の耳にはもう、部屋の外から聞こえる電子音も慟哭も届かない。
荒い息遣いだけがベッドの上に積み重ねられる。

白い白い、白白。
見えるのは白・消えるのは白・繋がるのは白・蕩けるのは白・重なる白が影を落とす。

「ミキちゃん、ずっと一緒に居て・・・」
「ユキちゃん、ずっと一緒に居て・・・」

光沢に濡れた艶かしい肌が交じり合う―――二人なら超えられる病辱の夜と抗うために。


****


綿雪とミキは病棟内でも珍しく長い付き合いだった。
入院する患者の殆どが、次々と動かなくなって「退院」していくD病棟においては珍しいケースであり、同級生の二人は自然と仲良くなっていく。

「退院したら、一緒の学校に行こうね」

お互いの体調が良い時は、院内の庭園を散歩する二人の姿が見られた。
仲睦まじく寄り添って歩く姿は姉妹のようでもあり、恋人同士のようでもあった。

「この間、氷柱ちゃんがランドセルを買ってきてくれたの・・・。まだ半年以上も先の事なのにね・・・。でも、嬉しかったなぁ」
「良いなぁ、ミキも早く欲しいよ。そうだ、私も買ってもらったら二人で見せっこしようね」
新緑が芽吹く五月の涼風に二人の笑い声が乗り、高い壁を超えて外界に飛ぶ。

透き通るような青い空を遠く眺めながらミキが言う。
「ユキちゃんには、沢山姉妹が居て羨ましいなぁ」
二人に共通する事としてもう一つ、姉妹が居る事だった。
ミキには小さな妹が一人いた。綿雪には姉も妹も常識では考えられない人数が居た。
「私はお姉さんだから、早く退院して妹を安心させてあげなくちゃ・・・」

ミキの入院期間は綿雪を大きく超えていた。
それは外界と途絶された途方も無い時間と同義であり、院内感染を恐れた両親が小さな妹をミキと会わせていない残酷な時の流れ。時折、家族から送られてくる手紙に添えられた写真、それだけが妹の成長を感じ取れる唯一の絆。
ミキのベッドの傍らには妹の成長記録のように何枚もの写真が並べられている。
しかし、その中にミキの姿はどこにも写っていなかった・・・。

「早く、帰りたいなぁ」

強い日差しを避けて、木陰で座った二人。
綿雪はミキの手を握る。
「私も・・・早く帰って、みんなと一緒に元気に遊びたいんだぁ。そうだ、そしたらミキちゃんも私の家に来てくれる?きっとみんな歓迎してくれるよ!」
掴んだ手が握り返してくれたのを感じながら、綿雪が輝く瞳を向けた。
その笑顔にミキは微笑みながら答える。
「うん・・・行くよ。妹と一緒に・・・ユキちゃんのお家に・・・。絶対・・・」
心地よい風がミキの声を運ぶ―――家族の下に届けと二人は強く願った・・・。


****


「ユキ、美味しい?」
十二月下旬、本格的な寒さが世間を包む―――常時稼動する空調設備のせいで、気温すらも外界から隔離された世界に居る綿雪は、窓から見える雪景色を眺めることで冬の訪れを感じ取る。

その日は綿雪のことを誰よりも可愛がる姉の氷柱がお見舞いにやってきていた。

先日、定期健診を受けた綿雪はその結果次第でクリスマスに外泊が許可される事になっており、その成否が氷柱から知らされる事になっている。最近体調の良かった綿雪はきっと外泊許可が出ると心待ちにしていた。
それは氷柱も同じ。
クリスマスより少し先に前祝として買ってきたケーキを美味しそうに頬張る綿雪。

その姿を見て、氷柱は・・・苦い表情を浮かべていた。

しかし綿雪は氷柱の異変に気付かないフリをする。
「・・・氷柱ちゃん?ねぇ、氷柱ちゃんも一緒に食べて・・・、ユキ一人じゃ丸ごと一つなんて食べきれないよ・・・ね?」
聡い綿雪は、気付いてしまった――気付きたくなかった。
悪い予感、悪い知らせ・・・それを聞きたくなくて、ケーキの一欠けをフォークに刺して、氷柱の口に差し出した。

錆びた鉄扉を思わせる重さと共に、氷柱の口が開く。
「ユキ・・・あの・・・ね、外泊の事なんだけど・・・、先生がね、今回は大事を取って様子をみましょう・・・だって・・・。ごめん、ごめんね」

甲高い音が個室に響く。
食器の砕けた破砕音、スプーンが床を弾く金属音、ケーキが無残に押し潰れる凶音。

「嘘・・・。だって、先生言ってたよ。ちゃんと苦いお薬も飲んで、嫌いなお注射もしたし、痛くて辛い検査も一生懸命やったから、今回は大丈夫だよって・・・。ねぇ、嘘でしょ氷柱ちゃん!嘘!嘘!!そんなの嫌ぁ!!」

小さな喉を震わせて、絶叫する綿雪。
氷柱が胸を引き裂かれたように痛々しい表情を浮かべる。自分自身、今日は綿雪と外泊の予定を決めながら二人で楽しくお祝いのケーキを食べるつもりだった。
「ごめんね、ごめんね・・・」
俯いたまま、消え入りそうな声で謝り続ける氷柱。
その姿を見て、綿雪のささくれ立った心は破裂した。
綿雪はベッドの横に置かれていたまだ切り分けられていない残りのケーキを台座ごと掴み、氷柱の胸に叩きつけるように投げつけた。
盛大な音を上げて、氷柱の洋服にクリームの真っ白い痕と、苺の潰れた紅色が塗りつけられた。床に落ちたケーキはバラバラにぶち撒けられ、中に詰まっていた希望と夢が泡沫となって砕けたことを否応無く思い知らせる。
「氷柱ちゃんの嘘つき!!絶対に、絶対にクリスマスはみんなと一緒に過ごせるって言ってたのに!!今年こそは・・・みんなと一緒に・・・居られるって思ったのに!!嘘、嘘嘘嘘嘘!!!」
怒濤の如く溢れかえり、散乱する、綿雪自身にも抑えられない激昂。
当て所もない怒りを氷柱にぶつける自身に嫌悪感を抱きながらも、綿雪は肺腑から湧き上がる濁った感情を吐き出すことを止められない。
「ユキ・・・。私、クリスマスは学校も休んで一日中ユキの傍に居てあげるから・・・。プレゼントも沢山あげる。・・・だからお願い、許して・・・」
氷柱が瞼に溜まった涙を頬に零しながら言葉を伝える。

それでも、綿雪のドロドロと煮え滾る情念が止め処なく溢れ出る。
「氷柱ちゃんには分からないんだよ!!私が・・・私がどんなに辛くて苦しいのか!凄く痛いんだよ!気持ち悪いんだよ!!毎晩、誰かの命が消えていくの!『ピー!!』って鳴るの!その度に胸の傷痕が、熱くてジクジクって疼くの!!ねぇ・・・それがどのくらい怖くて、寂しくて、泣き出しそうになっちゃうぐらいに悲しいのか、分かる?分からないよね!氷柱ちゃんは良い子だもん、家族のみんなに迷惑をかけない健康な体だから!私だけ、欠陥品・・・最初から壊れて生まれてきた、本当はいらない子だもん・・・!!そうだよ、私なんか早く消えちゃえばいいんだ。こんな僅かな幸福すらも叶えられないような子は、家族にいらないもんね・・・。ねぇ、そうでしょ?氷柱ちゃん」

綿雪が膝立ちになって自分の視線と同じ高さで何も言えずにポロポロと水滴を落とし続ける氷柱の顎をそっと持ち上げる。
柔らかい唇が重なる。成すがまま口内に舌をねじ込まれた氷柱の頭部を押さえつけて綿雪が執拗に口腔を犯し尽くす。焼けた鉛を腹へ流し込まれたような熱量に氷柱が身悶えし、喉奥まで舌を突き込まれ意識が遠のいていく。
それでも氷柱は抵抗することもしない―――罰を真摯に受け止める受刑者の様相。

呼吸すらも満足に出来ない氷柱が窒息感で意識を暗闇に落としそうになった瞬間、鋭い痛撃で無理矢理に覚醒させられる。
痛みの源泉は自身の舌からだった。
眼前では綿雪が妖しい微笑を浮かべながら口元を拭っている。
小さな手の甲には赤い雫。
氷柱の舌に幼い牙で刻み付けられた痕―――強烈な毒素を流し込まれたように弛緩する体。

綿雪が薄い笑みを浮かべながら優しく耳打ちする。
「氷柱ちゃん・・・もう、来ないで・・・」

軽い物音―――氷柱が腰を落としてしまった音。
ベッドの上から綿雪が辛辣な視線を注ぎながら告げる。
「ユキの痛みが分かるのは、ミキちゃんだけ・・・。ミキちゃんだけが、私の痛みを拭ってくれるの・・・。だから、氷柱ちゃんは要らない・・・もう来ないで。これ以上私に夢を見させないでよ!!叶わない夢ならもう見たくない!私は一生駕籠の中の小鳥!死ぬまでずっとここに居るんでしょ!!きっと明日には私の体からも虫が啼くんだ!『ピー!!』って鳴り続けるんだよ!!夢なんか見ない!希望なんかいらない!こんなに辛いなら早く殺してよ!氷柱ちゃん、ねぇ!!お願いだよ!!」

結露した感情。
普段は決して表に出すまいとしていた残酷な重量を持った禍々しい激情。
黒洞々たる綿雪の闇は、底知れぬ深さになっていた。

視点すら定まらないまま、くず折れてしまった氷柱に一瞥もせず綿雪はベッドから降り立ち、自室を出て行った。背中からは氷柱の泣き叫ぶ声が聞こえたが、今の綿雪にはいつも通り聞こえる周囲の電子音と慟哭に交じり合う騒音の一つに過ぎなかった。




寂寥たる思いが、綿雪の心中を満たしていた。
家族の中で、自分だけは別種の生き物なのだと・・・自ら言ってしまった事に酷く傷ついていた。氷柱のあんなに悲しそうな表情は初めて見た・・・。
こんな自傷行為は・・・もうしたくない・・・。

会いたかった。ミキに会いたかった。
朦朧とする意識の中で、想い人の下へと赴く。

・・・通いなれた道のり、迷う事無く辿り着けた。
「ミキちゃん・・・ミキちゃん・・・」
容易く崩れてしまいそうな、か細い声で綿雪は呼びかけた。
「ユキちゃん?良いよ、入ってきて・・・」
いつものように返事が返ってくることに、綿雪は無上の喜びを抱き、すぐさま扉を開く。

目に映るのは、心拍数を計り続ける機械―――「ピッピッピッ・・・」ミキの命を梳る音階はどこまでも平坦で、無感情に響き続ける。
機械に繋がれたミキは少しやつれていた。唯でさえ、細く白い華奢な繊手からは幽艶な美しさが漂っている。先月末頃から、ミキの体調は何かの刻限を迎えたかのごとく悪化の一途を辿っていた。

「ミキちゃん・・・私、お姉ちゃんに酷い事を言っちゃったよ・・・」
綿雪がミキの傍らに寄り添い、懺悔のように呟いた。
「クリスマスには外泊でお家に帰れる約束をしていたの・・・でも、結局検査の結果が悪かったみたいで今年もこの病院のベッドに居る事になっちゃったの。それで、ユキは悲しくて痛くて、氷柱お姉ちゃんに酷い事・・・言っちゃった・・・」

消え入りそうな声で綿雪が言うと、ミキがゆっくりと答える。
「氷柱お姉ちゃんって・・・あのかっこよくて可愛いお姉ちゃんだよね、沢山お見舞いに来てくれる、ユキちゃんが一番大好きなお姉ちゃんだよね?だったら・・・謝った方が良いよ。きっとお姉ちゃんだって悲しかったはずだよ。みんなで一緒に過ごすクリスマス、楽しみにしていたのはユキちゃんだけじゃないはずだもん」
包み込むような温かい笑顔でミキが綿雪の頭をそっと撫でる。
その腕からは点滴のチューブが伸びており、今も得体の知れない赤い薬物をミキの体内へ滴り落としている。

「でも、もうユキは・・・限界だよ。耐えられないよ。毎日毎日、苦しくて辛くて痛くて・・・毎晩毎晩誰かの命が消えて、誰かの泣き声が聞こえる。ユキの願い事はまるでシャボン玉なの、願っているときは綺麗でも、必ずいつかは弾け割れ、ただの石鹸水に戻って地面を汚すの。こんなの・・・もう我慢できないよ・・・。こんなに嫌な思いをするぐらいなら・・・ユキはもう・・・この世界から消えたい」

綿雪の頭を優しく撫でていたミキの動きが止まる。
「それ・・・ユキちゃん、自分の言ってること、分かってるの?それもお姉ちゃんに言ったの?」
冷えた声。
綿雪はミキの口からそれ程までに凍りついた声を聞いたことは無かった。
それでも、綿雪は続けた。もう自分自身でも止められなくなっていた。
「・・・分かってるよ、氷柱ちゃんにも言ったよ。ねぇ、こんな悪い子のユキは早く居なくなった方が良いよね。病気ばっかりの欠陥品みたいな子、要らないよね。だから、もし・・・ミキちゃんがお空に行くなら、ユキも一緒に行きたい・・・」

綿雪が無意識の内に涙を流しながらミキに言い寄る。
恍惚とした法悦の輝きを満面に浮かべる焼け爛れた妖精。

その手がいつものように、ミキの肌に触れる―――とても冷たい。
「ねぇ、良いでしょ?一緒に行こう。ミキちゃんが痛くて苦しそうにしていたら、ユキが楽にしてあげる。もちろんユキも一緒に行くよ、二人で屋上から飛ぼう。きっと神様がお迎えに来てくれるよ」
綿雪の瞳は白く濁っていた。
病棟に蔓延る白の狂気に蝕まれたような姿。
死者の世界からの使い―――ミキには今の綿雪が、紛れも無くそう映っていた。

鋭い破裂音。

「来ないで!!」

烈々とした叫び。
口を大きく開き、ミキは胸に溜めていた呼気を全て吐き出していた。

ミキの唇を塞ごうとしていた綿雪が、平手で叩かれた頬に残留する痺れを感じながら硬直する。
悲憤に汚辱された万考が全て消失―――綿雪の心様がまっさらの平面に戻る。

「ユキちゃんなんて、もう・・・大嫌い!!」
続けざまに放たれた言葉に、綿雪が射抜かれた。
ミキの明確な拒絶の意思が、綿雪の全身に電花を撒き散らしながら駆け巡る。

「約束したじゃない!!一緒の小学校に行こうって!お互いの姉妹で仲良くしようねって!忘れちゃったの!?最後まで諦めない!私は絶対に諦めない!どんなに痛くても、どんなに苦しくても、どんなに体が醜くなっても、絶対に生き延びる!私のことを待ってる妹がいるんだもん!絶対にここから帰ってあげるんだよ!!ちゃんと写真じゃなくて、本当の手を握ってあげるんだ!!」

ミキの圧倒的な意志力の前に、綿雪は口を開くことすら出来ない――何時の間にか、数歩分、後ずさっていた。

「ユキちゃん・・・お願い。絶対に諦めないで・・・。二人で一緒の学校に行こうよ。必ず私たちの病気は治るって・・・二人で信じようよ。きっとクリスマスには私たちにもプレゼントがあるはずだよ・・・。ねぇ、だから・・・死にたいなんて・・・言わないでよ・・・」
ミキは泣いていた。
綿雪の何倍も何倍も涙を流していた、それ以上言葉を紡げないほどに。

小さく呻きながら涙を零し続けるミキの姿を、綿雪は見た。
―――見てしまった。

少し離れて距離を開けた所からミキの全身を凝視する――そこは、普段視界に入らない位置であり、ミキの世界だった・・・。

傍らに設置された点滴薬、心音を切り刻む電子音。
それらに繋がれたミキの姿―――死に絡め取られた姿。
枕元に並べられた幾枚もの自分の姿がどこにも写っていない家族写真。

綿雪は何も取り付けられていない、自身の腕を、胸を、腹を、足を見た。
つい先程まで、どこまでも無償の愛を捧げてくれる優しい姉と出会っていた時間を思い出した。


そうして、自分がミキに何を言ってしまったのか・・・今更のように理解した。


「・・・ミキちゃん・・・、ユキ・・・ごめんなさい。ごめんなさい」
綿雪の力なく謝る声は、もう自身の泣き声が全身を侵食するミキの耳には届かない。

狭い個室には真っ白な光が反射して、容赦なく清潔感を演出する。
そこに寝泊りする人間がどんなに「そこに居た痕跡」を残そうとしても、全てを掻き消す純白に包まれた世界・・・。
今、ミキの泣き声が必死にその白色光を拒絶するために吐き出し続けられている。

綿雪は、静かに部屋を出て行くことしかできなかった。


****

数日間、綿雪は一人で過ごした。
夜毎訪れる恐怖には、室内を暗黒に満たす事で耐えた。
―――黒は落ち着く、全てを優しく飲み込んでくれるから。
―――白は嫌い、全てを拒絶して掻き消してしまうから。

あの日以来、自室から一歩も出ていない。
時折、姉や妹が面会に来てくれていたようだが、全て断った。

ミキにも会っていない。
どんな顔をして会えば良いのか分からない。

取り返しもつかない残酷な仕打ちをしてしまった。
あれほどまでに生を渇望するミキに対して、なんと軽率で愚劣な言動をしてしまったのか。
どれほど彼女を傷つけてしまったのだろう・・・そう思うだけで、頭の中は後悔の念で沸騰しそうだった。

ふと、カレンダーを見るとクリスマスは明後日に迫っていた。

「きっとクリスマスには私たちにもプレゼントがあるはずだよ・・・」

あの時、ミキと交わした言葉を思い出した。
死に苛まれるミキはそれでも、決して希望を捨てないようにと綿雪に激を飛ばしてくれた。
自分自身の心が折れないように言い聞かせていたのかもしれない。
どれ程の恐怖に捕われていたのかも知れない中、ミキは綿雪と一緒にクリスマスを迎えたいと・・・思ってくれた。

「ミキちゃん・・・」

綿雪は、ベッドから降りる。
数日ぶりのまともな歩行―――体が歩き方を忘れたように覚束ない足取り。
フラフラと蛇行しながらも、扉に辿り着く。

「ミキちゃん・・・ミキちゃん・・・」

一言謝りたかった。
自分がどれだけ愚かな言葉を投げ放ったのか・・・。今なら分かる、自分は馬鹿だった。

ミキと一緒に学校に通いたい、ミキと一緒に姉妹で仲良く駆け回りたい、ずっとずっと友達で居て欲しい・・・ごめんなさい、酷い事を言ってごめんなさい。もう二度と『死にたい』なんて、言わない。

「ずっと、ずっと一緒に居て下さい、大好きなミキちゃん・・・」


一歩進むたびに浮遊感が付きまとう。
自分の体も、調子が良くないのかもしれない・・・。
でも、今すぐに謝りたかった。そしてクリスマスは二人で一緒に・・・。

ふらつきながら、ミキの病室前に辿り着く。
勇気を出して、ノックする。
どんなに怒られても、どんなに嫌われても、ミキには謝りたかった。
そして、いつまでもずっとずっと、友達で居て欲しかった。

「ミキちゃん・・・。ユキです・・・。入っても、いい?」

・・・数秒待つ。
しかし、返事どころか物音一つしなかった。
「・・・ミキちゃん?」
ドアノブに手をかける―――鍵は掛かっていない。

そっとドアを開いて室内に入る。
内部は蛍光灯の白色光で照らされたままだった。

ベッドを見る―――いつもそこで可憐な華のような笑顔を浮かべているはずのミキの姿が無い。

代わりに、色鮮やかな赤い水溜りが広がっていた。
血液の湖はベッドから零れだし、床に垂れ落ちている。壁面には斑模様に点々と吹き付けられた血痕。今や室内の色彩構成は赤と白が半々といった状況。

「ミキちゃん!!」
綿雪は走った。
今までの人生で走ったことなど、数えられる程度だ。それでも必死で駆けた。
息が切れた、心臓が破裂しそうだった、それでも足を止めない。
目的地である看護士のミーティングルームに駆け込む。

「ミキちゃんは!?ミキちゃんはどこ!!」
その場に居た数名の看護士が、普段は大声などあげる事は無い大人しい娘の大音声に驚き、ミキの名前が出たことで更に驚いた。

一人の看護士が綿雪の前に歩み寄る。見覚えがある・・・ミキの担当看護士。
「綿雪ちゃん・・・もしかして、ミキちゃんの部屋を見たの?」
綿雪は正直に首肯する。
「・・・そう。二人は、仲良しだったものね・・・」
看護士は何事か少し考え込んだ後、内線電話をどこかにかけた。
二言三言交わしただけのようだったが、何かの了承を得たらしい。
再度、綿雪の前に現れる。

「綿雪ちゃん、ついて来て。特別にミキちゃんの所に連れて行ってあげる」
そう言うと、看護士は綿雪の手をそっと引いて歩を進めた。

乱れた呼吸のまま、綿雪はつき従う。
少し歩くと、来訪者を拒絶するかのように聳え立つ巨大な扉が現れた。
普段は近づく事も許されず、誰もが恐れる忌まわしい場所・・・。

それでも、綿雪は迷う事無くD病棟の中でも特別な、悲憤慷慨が渦巻く領域に踏み入った。



*****

ICU、集中治療室。
各種の医療設備を完備させ、医師と看護士が常駐して治療を施す場所。
そこまでしなければならない患者が集う場所・・・。

入り口で綿雪は念入りに消毒するように言われ、手足、顔に至るまで消毒液を塗られた。
脇にあるロッカーから出された大きなエプロンと帽子、マスクも着用――全て殺菌済み。

看護士が綿雪の準備が整うのを確認して、更にフロアの奥へと進む。

心音を刻む電子音は引っ切り無しに啼き続け、誰かの呻き声がそこかしこから聞こえ、人工呼吸器の吸気音が空気を振るわせる。深夜の病棟とは比べ物にならない程に、ここは死の音が近い場所から聞こえた。

綿雪は心臓が跳ね上がるように高鳴るのを感じる。
ただ、ひたすらに怖かった。

震える手指を押さえ込みながら、看護士の後に続く。
一番奥の部屋に到着すると、看護士は足を止めた。そこには自分と同じ格好をした二人の妙齢な男女が居た。
「君が綿雪ちゃんだね?いつも、ミキから聞いているよ。一番の仲良しなんだってね」
男性が綿雪の顔を見て、疲れきった表情を努めて笑顔にしながら言った。
「綿雪ちゃん・・・ミキがね、会いたいってずっと言ってるの・・・。会って、くれる?」
女性は目の縁に大きな隈を掘り込んでいた。
ミキの両親である事は、言うまでも無い。
「ミキちゃんは・・・どこ、ですか?」
綿雪がそう言うと、看護士が目前の扉を指差す。真っ白な鉄扉・・・。
冷たいドアノブを回すと、開錠の金属音と共に扉がゆっくりと開いた。

ずっとずっと、謝りたかった相手が居た。
幾つもの機械に全身を犯されても、得体の知れない液体をチューブで流し込ませるために体中を穴だらけにされても、無数の電子音で命を削られても、いつものようにミキは笑顔で綿雪を迎えてくれた。

「ユキちゃん・・・会いたかった・・・。凄く、会いたかったよ・・・」
酸素マスクをしたミキの声は少しくぐもっていたが、綿雪にはどんな音よりも流麗に聞こえた。
「ミキちゃん・・・。私も・・・ずっと、会いたかった!!」
綿雪は優しく慈しむようにミキの手を握った。
氷のように冷たい手は蒼白に染まっていた、それでも力を振り絞ってミキは綿雪の手を握り返してくれている。

「ごめんなさい!ミキちゃん、ごめんなさい!ユキは本当に悪い子だったの!もう、絶対に言わない!二度と『死にたい』なんて馬鹿な事言わないよ!!ごめんね!ごめんね!!」
綿雪の両目からはポロポロと涙が溢れ、温かい水滴がミキの冷え切った手に次々に落ちる。
手の甲から伝わる優しい温度を感じながら、ミキがそっと口を開く。
「私も・・・ごめんね。ユキちゃんの事、大嫌いなんて・・・嘘、言っちゃったね。ずっとずっと一緒に居たいよ、ユキちゃん・・・。一緒に学校に行きたいな。この冬を越したらすぐなんだよ、みんなで新しいランドセルを背負って、学校に行くの・・・。きっと、楽しいね」
ミキが微笑む。
どれ程の痛苦が冒し尽くしているのかもしれない肉体で・・・。
「ミキちゃん、私・・・待ってるよ。ずっと、ずっと待ってる!ミキちゃんと一緒に学校に通えるようになるまで私も頑張るよ!絶対に病気に負けたりしない!だから、お願い・・・負けないで、諦めないで・・・!ミキちゃんが居なくなったら、私・・・わたし・・・」
綿雪が涙混じりの声で必死に想いを伝える。
それに答えるために、ミキがチューブだらけの左腕を少し上げて、綿雪の頭を撫でてあげた。
「ふふ、ユキちゃんは良い子だね。そうだ、ここを出たらお互いの姉妹も紹介しなくちゃ・・・忙しいなぁ。きっと直ぐに新学期が始まっちゃうよ・・・」
ミキが微笑を浮かべようとするが、途端に激しく咳き込んでしまう。
周囲の計器が異音を響かせる。
「ミキちゃん、ミキちゃん!!」
綿雪が一層強くミキの手を握る。どこにも連れ去られないよう、力一杯に握り締めた。
苦しそうな呼吸の中、ミキが言葉を繋げる。


「ユキちゃん――ミキ、向こうで神様にあったら、絶対にユキちゃんに“お兄ちゃん”を下さいって頼んであげるからね」


いつか二人で読んだ絵本。
南の島に住んでいる茶色の肌の優しいえくぼのお兄ちゃん。
二人の欲しいものは「お兄ちゃん」・・・それは夢物語。もしそんな願いを叶えてくれるなら神様ぐらいのもの。

―――だから、ミキちゃんは『神様に頼んでくれる』って・・・。

「だめ・・・駄目だよ、ミキちゃん!!駄目!!諦めないで!絶対に、お願い!ミキちゃんが居なくなるぐらいなら、お兄ちゃんなんて要らない!!だから、お願い!!!ミキちゃん、行かないで!!」

ミキの体に繋がれた計器から、けたたましい電子音が鳴り響く。
途端に病室に何人もの医師と看護士が入り込み、一瞬でミキを取り囲んだ。

綿雪はその場の雰囲気に圧倒されるまいと、全身全霊の力を振り絞って吼えた。

「ミキちゃん、頑張って!!私、待ってるよ!!絶対!!クリスマスは一緒に会おう!二人の姉妹を紹介し合おう!!そしたら、あっという間に新学期だよ!!中学校も高校もずっとずっとミキちゃんと一緒に行きたい!!いつまでも、ずっとずっと一緒に!!・・・だから、頑張って!!ミキちゃん!!ユキは・・・ユキは大好きなミキちゃんの事、いつまでも待ってるから!!」


全てを言い終えた瞬間、綿雪の視界が歪んだ。
天地上下の感覚が消失、無限の落下感が綿雪を攫う。

「ユキちゃん、大好きだよ」

愛慕に満ちた抱擁の声が聞こえる。
綿雪の意識を熔解させる優しい闇色、無月の夜空を思わせる空間には、散りばめられた光芒が煌びやかに輝いていた。

―――嬉しい、嬉しい・・・ミキちゃん、私も大好きだよ。


綿雪は横溢する随喜の涙で頬を濡らしたまま、意識を闇に預けた。


******

ICUでミキと会ってから丸一日、綿雪は昏睡状態に陥っていた。
元々体調が優れなかった所に、過度の心的ストレスがかかった事が直接の原因。

あの日から翌々日、クリスマスイブの今日になってようやく目が覚めた綿雪に、思いがけない贈り物が届いた。

一度は却下された外泊許可が認められることになった・・・。
その知らせを聞いた綿雪は・・・気付いた。

――ミキちゃんはきっと今が一番大変な時なんだ・・・。
病院側が綿雪を気遣っての外泊許可=外泊命令。
友達の苦しむ姿を見せないための配慮―――綿雪がこれ以上、心を蝕まれないようにするための配慮・・・。
綿雪は外泊許可を了承した。どのみち、拒否した所で無理矢理にでも外泊させられるだろうと理解していた―――。

そして、何よりもミキとの約束を信じた。

必ず、再会できる―――。
新学期には同じ学校に行って、その後もずっとずっと・・・一緒に居るって・・・約束したよね。

「ミキちゃん・・・頑張って・・・」
綿雪は家族が迎えに来るまでの間に、祈った。
何に祈る訳でもなく、一心にミキの無事だけを目を閉じた先にある暗闇へ祈り続けた。
不思議と暗闇の先にはミキが居るように感じられたから・・・。

壁に掛けられているカレンダーには今日の日付に赤く丸が縁取られ、日付の下には手書きで文字が書き加えられていた。
十二月初旬から、既に書かれていたたった一つの、ささやかな願い事。


―――十二月二十四日 元気になったミキちゃんを誘って、お家でみんなと一緒にクリスマスケーキを食べたいです。サンタさん、お願いします。


不思議と室内にはいつも漏れ聞こえる電子音も、軋む悲哭も・・・まるで聞こえなかった。

静謐とした室内で、綿雪は一心不乱に祈り続けた。


****

「氷柱お姉ちゃん・・・ごめんなさい」
綿雪は迎えに来てくれた氷柱を目にすると、何よりも先に頭を深く下げて謝った。

先日の愚行を思い知った・・・。
なんて自分は愚かだったのか―――なんて自分は幸福なのだろうか―――。
こうして家族と何の障害もなく会えるという幸福・・・それがどれ程に愛おしいのか・・・ミキに教えてもらった。

綿雪の着替えを入れるために大き目の鞄を持っていた氷柱の手から力が抜けた。
まだ何も入れていない鞄が軽い音を立てて床に落ちる。

「ユキ・・・。良いの、良いのよ・・・。私が、悪かったんだもん」
氷柱が綿雪を胸に抱く。
久しぶりにお互いの温もりを感じると、二人はいつものように微笑む。

綿雪は幸せだった。こんなに優しくて、素敵な姉が居ることが・・・。
千万無量の感謝の言葉にも比する事ができない喜悦。


氷柱の胸に額を押し当てながら言う。
「氷柱ちゃん、本当にごめんなさい。ユキは・・・悪い子でした。私なんか居なくなれば良いだなんて・・・絶対に、言っちゃ駄目だよね・・・」
涙混じりの声が氷柱の耳に届く・・・。
感極まった表情で氷柱は万物何ものにも代えられない愛しい妹を、両腕でより一層強く抱きしめた。
「ユキ・・・。嬉しいよ、それに気がついてくれただけでも・・・。私の大好きな妹・・・もう、どこにも行っちゃ駄目だからね」
氷柱が綿雪の小さな額にキスをした。
精緻な宝石を取り扱うように、丁寧にゆっくりと・・・唇が重なる。
大熱を帯びた氷柱の舌が綿雪の意識を少しずつ溶かす。
歓喜の涙を流しながら氷柱は綿雪の体に体重をかけないように慎重に跨り、ベッドの上では二人の蒼髪が幾重にも交じり合った。

―――たまには、こんなのも良いな。

一生懸命に自分の身体を愛撫してくれている氷柱の姿に眼差しを向けながら思った。
綿雪もいつものように氷柱に快楽を与えようと淫蕩の喜びに満ちた表情を浮かべ、氷柱の首筋に精細な指を近づける。

・・・。

「えーと・・・私が一人、置いてけぼりなんだが、どうすればいい?」

室内に入ってから動けないまま、立ち呆けていた霙が我慢しきれず口を開いた。
上着をはだけさせて滑らかな肩を曝け出している綿雪が、呆然としていたもう一人の姉に気付く。
「あ、霙お姉ちゃん、ごめんなさい!一昨日・・・氷柱ちゃんに酷い事を言っちゃったから、それを謝りたくて・・・」
ばつが悪そうに着衣を整えながら綿雪が謝った。
一方、初めて綿雪を犯す側に回れていた氷柱は、霙に邪険な視線を全力で送りながら振り返る―――「霙姉様の馬鹿!」顔に書いてある文字が霙にははっきりと読めた。

「ふむ・・・二人がとても仲が良いのは素晴らしい事なのだが、そういうのはまず家に帰ってからにしないか?なんと言っても今日は取っておきのプレゼントがあるんだからな」
何か含みを持った事を言う霙に続いて、氷柱が口を開く。
「そうだわ!ユキ!今日はすっごいプレゼントがあるのよ!そうそう、早くしなくちゃ美味しいケーキも無くなっちゃうし、プレゼントだって他の娘に先を越されちゃうものね!」

そう言うと、氷柱は綿雪の身支度を素早く開始した。
クローゼットから取り出された綿雪のお気に入りの洋服が次々と鞄に詰め込まれていく。
猛然と準備に取り掛かった氷柱を視界に納めたまま、綿雪は未だに立ったままで完全に荷物持ちとしての役割しか果たせていない霙に尋ねてみる。

「霙お姉ちゃん・・・今年は、特別なプレゼントがあるの?ユキも、もらえるの?」
遠慮がちに言葉を発する妹を見て、霙が優しく微笑みながら返す。
「もちろん・・・ユキも貰える。私も貰えるし、氷柱も貰える。みんなが貰える、本当に特別で大切な贈り物だ。きっとあれはサンタからのプレゼントなんだろうな・・・」
諭すような声音でゆっくりと喋りながら、霙は綿雪の柔らかい髪を撫でる。
「よし、私が髪を梳いてあげよう。綺麗に整えて、あいつに会える様にな」
引き出しにしまってあった櫛を取り出し、霙が綿雪の艶やかな髪を梳る。
慣れない手付きで、お世辞にも上手いとは言えないが髪を通して霙の体温を感じられるようで、綿雪はとても幸せな気分になった。


***
大き目の鞄を2つ、氷柱と霙が一つずつ手に持って3人で部屋を出た。

綿雪は帰宅する前に、ミキに一目会いたかった。
もう一度、ミキに言葉を届けたかった。

「ありがとう」

それだけを伝えたかった。
「ミキちゃんのおかげでユキは家族の大切さに気付けたよ、生きる事の尊さに気付けたよ。ありがとう。本当にありがとう」


外出許可書を提出する際、近くに居た看護士にミキへの面会を申し出た。
しかし―――面会謝絶。
今は、両親すらも会えない状態との事だった。

今夜が峠・・・。そんな言葉が頭をよぎる。


帰り際にICUフロアへの入り口前に立ち寄った。
綿雪は両手を組んで強く強く願った。

「私、待ってるよ・・・。ミキちゃんが来てくれるの・・・ずっと待ってる。
一緒に学校に行こうって約束したもんね・・・。だから、ミキちゃん・・・頑張って・・・」


****

「ユキちゃん、お帰りなさい!!」
久しぶりの帰宅を果たした綿雪を姉妹が歓迎してくれた。
素敵な姉に可愛い妹―――皆がユキを囲んで再会を喜ぶ。

妹達と相部屋になっている自室に戻ると、綿雪の机やベッドは綺麗に整っていた。
それが、とても嬉しかった。
自分には帰れる場所があるという喜び・・・そこに帰れたという安心感。

自分のベッドに腰を下ろす。
懐かしい・・・。ここが私の・・・家。

綿雪が感慨深く幸せに浸っていると、扉が開き室内に小さな足音が響く。

一つ上の姉である吹雪だった。
「ユキ・・・そろそろ、クリスマスパーティーが始まります。行きましょう」
普段、口数が少ない吹雪が自身から話しかけるなど、実に珍しい事だった。
「うん。一緒に行こう、吹雪ちゃん」
綿雪がそっと吹雪の手を握る。
吹雪に眩暈はおきない―――齢の近い二人は不思議と、気が合った。
共に過ごす時間がどんなに少なくても、決して変わらない絆―――綿雪は絡み合う手指から強く感じ取る事ができた。





夕日が沈み、冬の長い夜が始まる。

姉妹全員と母の合計20人にも及ぶ家族が整然と一つのテーブルに集まっていた。
テーブルの上には巨大なクリスマスケーキが主役として屹立、存在感を全力をもって主張。その周りをローストチキン、ミートローフ、ツナとじゃがいものグラタン、鮭のムニエル・・・数え切れないぐらい沢山の彩り豊かな料理が並べられ、輝きを放っている。

全員揃ったのを確認すると、長女の海晴が立ち上がり良く通る声で言い放つ。
「えーと、年の暮れも迫ってきた訳ですが今年は全員揃ってクリスマスを迎える事が出来ました!きっとこれもサンタさんの贈り物よね♪でもね、サンタさんはもう一つ、すんごいプレゼントを私たちに届けてくれました!!クリスマスパーティーを始める前にそのプレゼントを紹介するわね!」
そう言うと、海晴が一旦リビングから廊下へ消える。
事情を知っているらしい、霙や氷柱が何か言いたげに微笑んでいた。

扉越しに廊下から海晴の上機嫌な声が聞こえる。
「さぁ、今年度最後にして最高のイベントよ!!みんな覚悟しなさい!」
扉が弾け飛ぶかのような勢いで開け放たれる。

「おめでとう!キミの本当の家族はここに居たんです!!」

海晴の言葉は、廊下から現れた一人の人物に向けられたものだった。

男性・・・。
中肉中背の、高校生ぐらいの男の子だった。
綿雪はおろか、ほとんどの姉妹が突然の来訪者に奇異の視線を向ける。

皆の戸惑う姿を確認して満足げに微笑んでから海晴が大声で告げる。
「みんなに紹介するわ!私たち家族に、『お兄ちゃん』が来てくれたわよ!!」

『えー!?』

テーブルに付いていた一部の姉妹を除き、皆が驚きの声をあげる。
その声を静める様に、一家の母の声が流れた―――。

彼が、新たな家族として加わる事が申し渡される。
母の言う事は絶対―――覆らない真実。
今日から一家には、弟ないし兄が誕生した。
嘘のような真。

それを聞いて大喜びする子、戸惑う子、嫌がる子。反応は様々だが、みんなが新たな家族を受け入れる事には同意した。
誰もが一家に男の子が加わるのを待ち望んでいたから・・・。


転入生の如く、家族に囲まれて質問攻めにされる『お兄ちゃん』。

その輪から外れた場所で、綿雪はただ呆然とその姿を見つめていた。


****

胸の鼓動が高まる―――思考が追いつかない・・・。
直感的に、綿雪は感じてしまった。

同時に訪れた、誕生と喪失の瞬間・・・。

新しい家族が増える事はとても嬉しかった。それも、決して叶う事などないと思っていた『お兄ちゃん』だ。こんな事は、霙が言っていた通り、サンタからの贈り物でもなければ手に入らない・・・。


喜怒哀楽、全ての感情が混合し、掻き混ぜられたモノが綿雪の心を蝕む―――癒す、壊す、包む、破る。
破壊と再生を繰り返す異常な感覚。

飛び上がりたくなるような嬉しさで、何も言えない。
底無しの地獄に沈むような悲愴感で、言葉が出ない。

心臓が破裂しそうな程に跳ねる。

視界が明滅する―――瞬く光が飛沫をあげた。

傍に居た氷柱が、呆然としている綿雪の耳元に小さく囁きかける。
「ユキの欲しがってた、正真正銘本当の“お兄ちゃん”よ?瞳のあたりが――少しだけユキに似てるかもしれないね」





嘘。
ユキの瞳はあんな風に優しくキラキラ光ってないよ――



あれは・・・あれは・・・。
ミキちゃん―――。

ミキちゃん・・・ミキちゃん!!

混沌としていた幻想が一切合切―――真実となって還る。

ああ、あああああ!!!!


ミキちゃん。

ミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃんミキちゃん―――!!

あの瞳はミキちゃんだよ!
私をいつも勇気付けてくれたのはミキちゃん―――あの優しい瞳に何度も何度も、助けてもらった!!


「ユキちゃん――ミキ、向こうで神様にあったら、絶対にユキちゃんに“お兄ちゃん”を下さいって頼んであげるからね」


脳裏で繰り返される―――最後に会ったときに伝えられたミキの言葉・・・。

ミキちゃん―――!!
ミキちゃん・・・ミキちゃん・・・。


涙が溢れて、視界がぼやける。
もう一度『お兄ちゃん』を見ようと思って両目を大きく開く・・・。

霞がかった・・・姿、ミキと二人で夢描いていた『お兄ちゃん』の姿。

これは現実なのか、夢なのか―――。
実在不可能と形容する他無い存在が、真実としてそこに在った。


それは神様でもサンタでも無い、間違いなくミキからの贈り物。

眼前の『お兄ちゃん』の容姿からは色濃くミキの面影が感じられる。

綿雪は歓喜と哀切の入り混じった複雑怪奇な感情に全身を委ねたまま、フラフラと夢見心地に『お兄ちゃん』の下へと進む。




――頑張ったんだね、ミキちゃん。
最後まで一生懸命頑張ったんだね・・・偉いよ。凄いよ。

ミキちゃんは、私の憧れ――強くて、優しくて・・・。


ああ・・・お兄ちゃんの直ぐ後ろに、ミキちゃんが居る・・・。
優しい笑顔・・・いつものミキちゃんだ。
カレンダーに書いた私の願い事を叶えるために、クリスマスに来てくれたんだね・・・。

見て、これが私の家族だよ・・・!!


かけがえの無い、素敵なプレゼントをありがとう。
ミキちゃんありがとう、ありがとう・・・。


良く、頑張ったね・・・。



綿雪は、何も言わずに無言のまま、新しい家族である『お兄ちゃん』に抱きついた。
声を抑えて泣き続ける綿雪を『お兄ちゃん』がそっと抱きとめる。
無意識の内に、まるでそれが自分の役目だと理解しているように自然な動作で綿雪の頭を優しく撫でる――その姿は初対面とは思えない、長い間を共に過ごしてきた友愛を感じさせるものだった。

誰もそれを止めない。
ただ優しく見守っている。

小さく儚い泣き声が、リビングを包んだ。



**********



手紙――



ユキちゃん、この間はごめんなさい。
叩いたりして・・・痛かったよね・・・。本当にごめんなさい。

あの時、ユキちゃんが「一緒に行こう」って言ってくれて、本当はね・・・嬉しかったよ。ユキちゃんとだったら、良いよって・・・思った。
ずっとずっと二人で一緒に居られたら良いなぁって・・・。

でもね、駄目だったの。
写真が、見えちゃった・・・。お父さんとお母さんと可愛い妹の3人が写った写真。

私は・・・そこに入りたい・・・。

だから、私は――。

ユキちゃん、私は最後まで頑張るよ。
どんなに辛くても最後まで諦めない・・・。だって、家で妹が待ってるんだから。

―――でも、もし・・・それでもお空に行っちゃったら・・・。
神様に「綿雪ちゃんにお兄ちゃんをプレゼントして下さい」って頼んであげるね。

その代わり、私が居なくなったら妹が寂しがると思うから、たまに遊びに行って私の事を話してあげて欲しいの。お姉ちゃんはどんな人だったのか、どんなものが好きだったのか、どんなにあなたの事を大切に思ってたのか・・・。
ユキちゃんにしか頼めない、大切なお願い・・・。

ああ、駄目だね。こんな事言っちゃ・・・。
私は、どんな事があっても諦めないで頑張らなくちゃいけないのに。


でもね・・・凄く怖いの・・・。
手が、震えてる―――足が動かない―――片目が見えない―――自分の体が誰かに食べられて・・・無くなっていくみたい。

怖い。怖いよ。
ユキちゃん・・・会いたいよ。今すぐに・・・会いに来て・・・。
いつもみたいに扉を開いて・・・私を白い世界から連れ出して、二人だけの夢に連れて行って欲しい・・・。

ユキちゃん、ユキちゃん、ユキちゃん、ユキちゃん―――――。
一緒に―――。


―――こんな怖がりじゃ・・・駄目だね。しっかりしなくちゃ。
ユキちゃんには、どうも甘えたくなっちゃうんだ・・・。


大好きだよ、ユキちゃん。

ずっとお友達で居たい。本当の姉妹みたいに――本当の家族みたいに・・・。

愛しています。

明日は  また一緒に――――

  ユ    キ ち  ゃ    ん―――――――


********



昼間の炎暑を忘れさせてくれるように涼しげな満天の夜空。
手が届きそうな距離で放たれる光彩は星々の輝き。

天から降り注ぐ光に混じって、夜気を焦がす轟音を伴い七色の大華が虚空に咲き乱れる。
煌びやかな粒子が飛散し、円を象る度に綿雪の周りから歓声があがる。

今日は年に一度の花火大会。
毎年恒例の行事・・・綿雪も今年は問題なく参加する事が出来た。

海晴やヒカル達、年長組の姉妹・・・それと今年から初参加の『お兄ちゃん』が次々に打ち上げ花火に点火する―――空が一瞬間、壮麗な色彩に覆われる。


美しい紋様を眺めながら、六月に届いた一枚の手紙を綿雪はポケットから取り出していた。

ミキの両親が半年以上の間思い悩んだ後に、本来の受取人へ送り届けられた手紙だった。
一枚の便箋に書かれた小さな文字の群。
紙片には鮮血の染みが、零れ落ちた暗涙により点々と滲みながら、全面に広がっている―――。
文字は全て震えていた。
それでも、精一杯想いを伝えようと、這うように綴られている。



綿雪は星空を飾る美しく眩い円光に何度も読み返した手紙を翳しながら、去年の夏を思い返す。



****


病室から見えた大空に犇めく華炎の美しさは筆舌に尽くし難いものだった。
窓を開けると、大輪の華が花弁を開く様子がつぶさに見てとれた。

打ち上げられた火薬玉が弾けると、瞬間的に空が夢色に染まり、身体の芯を揺さぶるような音激が伝わってくる。
綿雪の入院していたD病棟からは街が主催する花火大会の様子がとても良く見えた。来る日も来る日も、希望を絶望で圧搾される日々を送る患者達にとっては、今は遠い外界の様子を窺い知る、数少ない行事でもある。


「綺麗だね・・・ユキちゃん」
瞳に映る星彩を抱きながら、ミキは微笑む。
「うん・・・凄く、キレイ・・・」
綿雪は一つのベッドで折り重なるように抱き合っているミキに返答する。

病室の―――病的な純白。
窓から入り込む、烈々たる虹彩が白亜の壁面を七色に染める。

ミキが綿雪の手を取る。
「ねぇ、ユキちゃん・・・来年もまた、一緒に見ようね。今度は、こんな真っ白な部屋じゃなくて、もっともっとあの光に近い所で・・・。二人で浴衣を着て、屋台の綿飴をかじりながら、家族全員みんなで一緒に・・・。うふふ・・・きっと、凄く楽しいよ」

爆ぜる虹色がミキの素肌を色鮮やかに装飾する。
綿雪は、麗しいミキの艶姿に心を奪われる―――なんて、美しいのだろう。
瞬き一つしないまま、呼吸すらも止めて、神々しさすら感じる眼前の少女に、綿雪は見蕩れきっていた。

惚けている綿雪を見て、ミキがその両手を取って言う。
「私ね、ユキちゃんが居てくれて良かった。出会いはこんな場所だったけど、ユキちゃんと友達になれて本当に嬉しい・・・。ユキちゃんが居てくれるから、私は頑張れるよ。どんな事があってもね・・・。ユキちゃん、ありがとう。これからもずっと、仲良くして下さい」
淡い響きと共に伝えられる友愛の情。
綿雪は高鳴る胸を全身で感じながら、言葉を返す。
「私も・・・私もミキちゃんと友達になれて凄く良かった・・・。ミキちゃんが居なかったら、私もきっと耐えられなかったよ。私こそ、ずっと・・・ずっと友達で居て下さい」

綿雪が言い終わるのと同時に、何度目かもしれない七彩色が星空に花開く。

二人が同時に口を開く――想いを交感する。

『ありがとう』



****


夜空に広がる光彩の宴。

あの夜、ミキと病室から眺めていたものと比べれば、自宅で打ち上げる花火は慎ましやかな大きさだった。
それでも・・・去年とは比べようも無いほど、光源に近い場所へ自分が居ると言う事が、綿雪にとっては例えようもないほどに喜ばしいことだった。

――ミキちゃん・・・近くで見る花火はね、綺麗で楽しくて―――温かいよ。

両手で持った手紙を高く掲げ、花火が良く見えるようにする。

――ユキは、ミキちゃんの分まで頑張るね。沢山沢山、お話できる事を持ってそっちに行くまで、待っていて下さい・・・。


「ユキ、そろそろ打ち上げ花火も終わるから、みんなで御飯食べよう」
大きなエビフライをのせた夏野菜のトマトカレーを両手に持った氷柱が綿雪を呼ぶ。
瞼に薄っすらと滲んだ涙を氷柱に見られないようにそっと拭い、綿雪は姉が呼ぶ方へと歩き出す。


テーブルに集まる家族の中には、お兄ちゃんの姿が見えた。
大好きなお兄ちゃん―――ミキちゃんからの贈り物。


その時、最後に残っていた打ち上げ花火が煌々とした輝きをもって天地を染めた。


七色の光が作り出した影――お兄ちゃんの後ろ――

綿雪の双眸に微笑むミキの姿が映る。
ミキは祝福するような笑顔を綿雪に向けてくれていた。

「やっぱり・・・ミキちゃん、来てくれたんだね・・・。嬉しい・・・!」

綿雪が駆け寄って手を伸ばそうとするが、幻想的な光が生み出した夢が醒めると、ミキの姿は夜闇に融けるように消えていた。

差し出した小さな手が、虚空を掴む。

――花火が見せてくれた、夏の夜の夢・・・それでも、良い。

綿雪はミキの笑顔が再び見られただけで、とても嬉しかった。


先程まで断続的に聞こえていた炸裂音が消えると、家族の談笑の声や夏虫の囀りが聞こえる。

綿雪は幸せだった――とても、とても・・・。

そんな今の自分を見て、ミキが微笑んでくれた・・・。
これほどに喜ばしい事は無い・・・。


いつの間にか、花火を見た時からずっと我慢していた紅涙がポロポロと落ちていた。

「ユキは、すごく幸せです―――」

一生懸命に口を開いて、小さな胸に溜まっていた言葉を搾り出した。
今もどこかで聞いてくれているかもしれないミキに届けと願いながら・・・。



テーブルの傍で泣き沈む綿雪に気付いた氷柱が、一目散に駆け寄る。

愛すべき妹の、か弱く小さな手は一枚の手紙を握ったまま固まっている―――。

氷柱は、そのまま何も言わずに綿雪をそっと抱きしめて背中を撫でる。
優しい匂いに擁かれながら、綿雪は思う様泣きじゃくった。

「ミキちゃん、ありがとう・・・ありがとう」

氷柱の耳に届く愛惜の声。

悲啼の震えがおさまるまで、氷柱は静かに綿雪を抱き続ける。

空を見上げると、八面玲瓏たる星の瞬きが埋め尽くしていた。

氷柱は祈った。
いつまでも、家族が一緒にいられますように――

綿雪の幸せが永遠に続きますように――







自作小説 | 13:12:57 | Comments(1)
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2008-08-12 火 19:26:52 | | [編集]
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