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梅入

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「魔法少女リリカルなのは」二次創作小説 『胡蝶の夢は是非曲直に沈む』 ②
やっとできました!3年かかって!

先に1章だけ公開しておきましたが、全部書けたので晴れてここに載せられます。

「魔法少女リリカルなのは」二次創作小説 『胡蝶の夢は是非曲直に沈む』 ①

これの続きになっております!
順番通り読んでいただければと想います。今回、かなり長いので3つに分けてみました。
お手数ですが、何回かクリックをお願いいたします。





一応読んでおいてもらえるともう少し面白くなるかな、というのが以下、別の過去作品です。

・「魔法少女リリカルなのは」二次創作小説 『夢幻泡影の姉妹』前編

・「魔法少女リリカルなのは」二次創作小説 『夢幻泡影の姉妹』後編

・「魔法少女リリカルなのは」二次創作小説 『幽愁闇恨を孕みし約束』




という事で、以下恒例の注意書き。

私の芸風なので、相変わらず幸薄かったり、エログロだったり、百合ってます。
キャラクターの性格など著しく変えていたりもします。
あとリリカルなのはの公式設定と、色々齟齬があるかと思いますが、そこはこう何と言うか、ごめんなさい。

そういうのでも、いけるぜ!!と言う方は是非お読み頂ければと。


それでは、本編は「続きを読む」で始まります。



海鳴市の外れにある、朽ち果てた神社。
境内は腐った鳥居が崩れ、その残骸が参道を塞いでいた。
元々は紅く塗られていたのだろうが、今はもう色褪せた茜色に染まり、腐り果てた内部には虫が巣食っていた。

八神はやては、かつて鳥居だった木片を踏み砕きながら進む。
敷地内は雑草が好き放題に生え、石畳は捲り上がっているため歩き辛い事この上ない。誰も手入れをしなくなってから一体何十年経っているのだろうか・・・。
先程から降り始めた雪の粒が降り落ちてくる。天気予報では明日も雪が降るという話だったように思う・・・明日はクリスマスイブ、とても良いタイミングだ。きっとクリスマスパーティーで盛り上がる家族が世界中に数多く見られるだろう。その中に、自分の家族も入れなくてはならない。そのために、今夜でカタをつけてしまおう。友人を狂わせてしまった責任を取ろう、その命を奪う事で安寧を与えてあげよう。

二体の狛犬は今も尚、崩れかけて傾いた本殿を守るようにして鎮座していた。
その間を進み、賽銭箱の横を通り過ぎ、神聖なる扉を両手で開く―――内部からは黴臭い空気が溢れ出し、御神体となっている仏像が迎えてくれた。八神はやては土足のまま軋む床板を気にする事も無く上がりこんだ。
視線は足元に―――床一杯に広がる魔方陣には転送術式が施されている。

高町なのはが居る場所には、ここから行けるはずだった。
今までにも何度か、二人で秘密の仕事をする時やその準備で訪れた事がある。八神はやてが魔力を注ぎ込むと、蠢くように輝くのを見る限り、魔方陣はまだ稼動している事を示していた。

視線を元の位置に戻すと、埃塗れになった仏像と眼が合った。
八神はやてにとって、それは『誰かが見ている』の代表的な存在であり、忌むべき存在ですらある。今までの人生で神仏に祈って何かが叶ったこと等無い。両親は帰って来なかった。どれだけ待っても帰って来ない所まで行ってしまった。両足の自由は病魔に奪われ、自分に残されたのは空虚な家屋と人生に希望を持てなくなった心だった。
それを変えてくれたのが、今の家族。全てだ、八神はやての全て・・・それ以外、それ以上に大切なものは存在しない。誰かが見ていてくれなくても、家族が見てくれている人生はこの上なく幸せなのだ。だから、『誰か』なんかいらない。神も仏も信じない。

「ヴィータ、すぐに助けてやるからな・・・」
八神はやてが小さく呟き、足元に広がった魔方陣に魔力を流し込む―――紫の光が魔方陣に活力を与え、発動。
八神はやての肉体は瞬きをする間に掻き消えた。

本殿に残された仏像は静寂な表情を浮かべ、八神はやての行き先を見つめ続けていた。


*****


寂寞の棺(じゃくまくのとぼそ)、という言葉がある。
もの寂しく、静かな住居という意味を含んだおり、八神はやてが足を踏み締めている光景はまさにそれだった。
並び立つ住宅街に生活の音は無く、かつては盛況だったはずの工場地区は荒びれ果てていた。遠くに見える、管理局ビルは巨大な墓標となって幽かに聳え立っていた。
昼夜関係なく、常に夕方のように薄暗い明かりに包まれる独特の光景が、寂寥感を助長させる。
ひび割れた舗装道路を乾いた足音と共に進むと、耳鳴りがする程に遠くまで、自分の足音が響いた。
地球から遠く離れた場所にある惑星。
かつて、魔術回路の製造に必要な希少鉱石が採掘できる事で活況を浴びていた資源惑星―――地下に眠っていた鉱石の採掘事業が始まってから多くの人間がこの惑星に移り住んだ。人々は星が数万年という年月を費やして生み出した鉱石を手に入れるために地中を抉り、取り出していった。当時はこの星に詰まっていた夢を多くの移住者が手に入れる事ができ、人口は右肩上がりに上昇していった。
その影で行われていたのは原生林の大規模伐採、海水汚染、原生生物の死滅。人間という異物が、星を食い荒らすまでには十年程度の歳月で余りあるほどだった。星は次第に衰えていった。自身の身体に土足で上がり込んでくる人間達の重みを支えきれなくなるのは、最初の人間が訪れてから三十年が経った―――鉱石の採掘量が伸び悩み、人口の急増が反転を始めた頃。
漆黒の噴怨はあらゆる生物全てに向けて放出された。
点在する全ての採掘場から、一斉に吹き出した黒煙は、皮膚に触れただけでその憎しみを対象者に注ぎ込む―――即効性の致死毒。半日の間に、まるで意思を持ったように風に乗った絶死の毒ガスは惑星全土を駆け巡り、十数億の人間を葬り去った。大人も子供も老人も動物も平等に死滅させた星の怒りは止まる事無く、惑星を覆い続けた。
その事件以後、この星は完全封鎖処理が施され、訪れる者は居ないまま放置され、再び数十年以上が経過。莫大な世界を連結させ、統治する管理局にとって苦々しい記憶の宿った遺物である資源惑星は、古い過去の記録としてデータに保存されるだけの存在――忘れるべき過去として処理されていた。

高町なのはがこの星の存在を見つけ、隠れ家として使い始めたのには決して誰にも見つからないという事だけだったようには思えない。この星の歴史に同情したのだろうか・・・。忌むべき過去として誰からも忘れさられてしまった存在に自らを重ねたのかもしれない。
八神はやても過去、両親を失い一人で生活していた頃を思い出すと、この淋しい街並みに見覚えがあった。自宅でも一人、外に出ても一人。同情の視線と奇異の視線が車椅子の自分に向けられているのを感じるが、周囲の人間から温かみを感じた事はなかった。しかし、今は違う―――いつも傍に居てくれて、帰りを迎えてくれる家族が居るのだ。こんな風に孤独な光景を見る事など、無い。
高町なのはは、その大切な家族を奪ったのだ。

・・・丁度良い。
寂寞の棺に叩き込んでやる。二度と出てこられないように、この満目荒涼の星を棺桶にしてやろう。
これから、秘密の仕事をする時には少しばかり手間取るかもしれないが、慣れてしまえばどうにかなるだろう。一人でだって出来るはずだ・・・。

無人の街並みを少し抜けた所に、崩れかけた教会が見えた。
高町なのはの気配と、ヴィータの息遣いを感じる。
―――返せ、返せ・・・私の家族を・・・。
ここに来るまでに何度も何度も呪い、囁いた言葉を臓腑の深奥へと飲みこんだ。
大きな扉に手をかける―――重い音を軋ませながら開く。

誰一人として訪れる事の無い、崇拝するべき彫像すらも無くなった寂れた場所。
礼拝堂に備えられていた長椅子は全て剥ぎ取られ、代わりに設置されているのは大きな円形のベッド。
純潔たる白を基調としていた内装に、色とりどりの装飾が見える。それは、あらゆる壁面に貼り付けられたフェイトの写真。大きな物から小さな物まで、純白の壁面がまったく見えない―――千紫万紅に彩られたフェイトの表情が床を覗く全面を埋め尽くしていた。
「ようこそ、はやてちゃん。ずっと・・・待ってたんだよ」
出迎えの声が部屋の中心から届く。
「相変わらず気色悪い趣味やな・・・。ヴィータを連れ帰ったら、なのはちゃんと一緒にここも焼き払ってやるわ・・・。大好きなフェイトちゃんの写真と一緒に灰になるんなら、本望やろ?」
八神はやては引かない。その意思を示すかのように力強く、一歩踏み出した。
ヴィータに施されたであろう洗脳を解術できるかどうかが最重要事項。
そのチャンスを作るために、決して交渉相手である高町なのはに引く所を見せてはいけない。人質など関係なく常に平等の立場である事を示す。これも、数々の修羅場を潜って来た得られた交渉のコツだ。恐らく、高町なのはもその事は承知しているはずなので、易々とヴィータをこちらへ渡してくるはずもないだろうが・・・。
まだ、実質的な状況は高町なのはの方が遥かに優位なのだ。
「はやてちゃん、もっと早く気付くかなーって思ってたけど・・・中々気付いてくれないから、心配しちゃったぁ。今日になってやっと分かってくれたみたいで良かったよ。明日は大事な大事な用事があるからね・・・」
高町なのははベッドに腰掛けたまま喋っていた。周囲にヴィータの姿は見えない。
「明日・・・クリスマスイブの児童福祉局が主催するコンサートか。一人で計画を実行するつもりなんか?そんな事したら、管理局そのものを相手にするようなもんや。ははっ、まさに狂人の考えやわ」
八神はやてが薄笑いを浮かべながら、冷静にヴィータの魔力を探す―――礼拝堂の裏側・・・か?別室か何かに居るのだろうか。これだけ近ければ、魔法を発動させるまでもなくその程度の事は分かる。命の繫がった家族なのだから。
「上等なの・・・管理局だろうが何だろうが、関係ない。私の邪魔をするなら、有象無象に関係なく遍く全てを砕くよ。もう、何もいらない・・・フェイトちゃんだけが居てくれればそれで良い。フェイトちゃんと二人きりで、永遠に仲良く暮らすの。きっと幸せになれるよ、フェイトちゃんだってとっても喜んでくれるよ。私、こんなに一生懸命頑張ってるんだから!」
高町なのはが言い昂る。
その身を包んでいるのは真っ白な制服―――中学校の制服ではない、小学校の制服。
「あの頃みたいに、二人だけの時間に満たされていた、幸せしか感じられない毎日に戻るの!そのためなら、何でもするよ、友達だって騙すよ、裏切るよ。フェイトちゃんの家族だってみんな殺しちゃうんだよ!」
奇怪な声色で叫ぶ高町なのはに、八神はやては呆れた表情で言う。
「私はPT事件の時、その場に居なかったけどな・・・ひょっとしてとは思ってたわ。なのはちゃんは、フェイトちゃんのお母さんを殺したんじゃないのかなってな・・・。直接的ではないにしろ、助けられたはずなのに、見過ごしたんやろ?『これで、フェイトちゃんは私だけのもの』とか思ってたんか?とんでもない・・・正真正銘の気が狂った化け物」
「そう・・・だよ。そうだよ!あの時、私は助けなかった。だってフェイトちゃんは私なんだよ!私は、幼い頃の『私』を助けた!私は初めて、生きてる事を実感できた!だから、フェイトちゃんは私が『私』である事の証明なの!誰にも渡さない!
そう・・・だからね、アリシアちゃんをこの手で完全に殺せた時は本当に安心したの。フェイトちゃんもあの後は私にしばらくはベッタリだったしね・・・」
足元をふら付かせ、夢遊病者のように高町なのはが沸騰した感情をばら撒き続ける。
「でもフェイトちゃんは結局私の所に戻ってきてくれなかった・・・。だから、もう良いの。私が、二人だけの世界に連れて行ってあげるの。フェイトちゃんの優しさに群がる蟲を全部焼き払ってから!
そしたら、きっとフェイトちゃんは思い出してくれるよ!小学生の時みたいに二人っきり!お互いの事しか見られなくなるの!」
高町なのはが制服のポケットから薬瓶を取り出し、片手でキャップを外すとそのままザラザラッと中身の錠剤を大量に口内へ放り込む。スナック菓子を食べるかのように噛み砕き、租借して、喉の奥へと飲み下す。
「それが、なのはちゃんの若さの秘訣ってやつか?小学生の身体のままで居られる秘密の雫・・・禁忌の外法、その試験薬」
薬の事は既にかなり前から調べはついていた。実害が無いので放っておいたが・・・。何より、八神はやてにとっては永遠などというものは必要ない。
口内を満たす虚無の砂利を唾で腹の底に落とし、法悦な余韻に浸りながら高町なのはが答える。
「そうだよ。これが魔法の薬・・・私とフェイトちゃんがずっと一緒に変わらずに居られる、夢を叶えてくれるお薬。明日、フェイトちゃんを迎えに行って全部片付けたら、飲ませてあげるの。ふふ・・・フェイトちゃんたら、エッチだから中学生になっておっぱいが凄く大きくなっちゃったけど・・・まだ、間に合うよ。そのままの肉体でずっと居られるの・・・。外見はフェイトちゃんがお姉ちゃんみたいに見えちゃうかもしれないけど、お家に帰ってきたらフェイトちゃんを私が犯してあげるんだから!あはは!可愛い!可愛いよ!」
高町なのはの感情が高まり続けるのを、黙って聞いている八神はやてからは「実に下らない」という感想しか出てこなかった。
結局のところ、高町なのははフェイトの事を信じきれていないだけだ。疑心暗鬼の人間不信―――おまけに一度知ってしまったフェイトという甘い蜜で、孤独に耐えられなくなってしまった・・・弱い人間。
「だったら、フェイトちゃんだけ相手にしてろや。うちのヴィータにまで手を出しおって・・・お前は頭のいかれた蜘蛛や。罠にかかった獲物なら何でも食いおる。本命のフェイトちゃんを食うまでの繋ぎにな・・・」
怒気を滲ませた八神はやての声に、高町なのはが小さく笑う―――奥底までが暗黒に満たされた瞳がころころと揺れた。
「あはは、そうかもね・・・蜘蛛か・・・あながち間違ってないよ。フェイトちゃんは金色に輝く蝶だもの。私は醜い姿だけど、なんとしてもその美しさを手に入れたい・・・。まぁ、そのついでに糸に絡まってきちゃったヴィータちゃんっていう可愛い獲物が居たら・・・我慢できないよね?しょうがないよね?ふふ・・・約束、破っちゃってごめんね、はやてちゃん」
いやらしい空笑いをしてから、高町なのはが右手の指を頭の高さに持ち上げた。
「ヴィータちゃん、凄く可愛かったんだよ・・・。はやてちゃんにも見せてあげるね」
高町なのはの指先に灯った輝きが弾けると、天井まで届きそうな大きさのディスプレイが幾つも虚空に現れる。高町なのはがRHに取り付けた動画管理機能。

再生が始める―――聞こえた第一声は、ひび割れた悲鳴だった。

礼拝堂全体に響き渡るヴィータの絶叫が、八神はやての耳を貫き、眼球を震わせた。
目の前で映し出されているのは、ヴィータが高町なのはに犯されている姿だが・・・それは常軌を逸した行為だった。
「うふふ・・・それはね、ヴィータちゃんを初めてここに連れてきた日にしてあげた時のだよ。女の子の穴とかは、全部はやてちゃんがもう使ってたから、私が他の所を沢山教えてあげたんだよ。ヴィータちゃん、どんどん気持ち良い声あげてくれるんだもん、嬉しくてどんどん入れちゃった♪」

ヴィータの全身に突き立てられた刃が、ぬらぬらとした輝きを放ちながら、幼い肉体をベッドに磔にしていた。場所は今、目の前にあるベッドに間違いなかった。肩、胸、腹、尻、太股、踵・・・そして喉を串刺しにされたヴィータが、くぐもった悲痛な叫びを、血泡混じりに零し続ける。
そんな悲惨な状況のヴィータにまたがった高町なのはが、ヴィータにキスをする。とてつもなく愛おしげに。
続けて、ヴィータの白い喉を貫いていた鋭利な刃を引き抜き、夥しい鮮血を顔面に浴びながら高町なのはがそのまま傷口に舌を入れる。ヴィータの腰が跳ね上がる―――温かい舌、異物・・・喉を直接愛撫される一方的な陵辱される恐怖心に涙が止まらない。
抉じ開けられた傷口から吹き出る血液を潤滑油にして、高町なのはは舌を奥まで突き入れ、嘗め回す。その度にヴィータは声にならない叫びを上げながら四肢を軋ませた。まともに悲鳴を上げることもできず、吐き出される凄惨な血液がヴィータの白い肌を染め続けていた。

隣の別のディスプレイからも痛声が届く。

『あ・・・がぁ!!が!!!うぁ!!!』
凶悪な力により骨が削り取られ、大小を問わず容赦なく骨を梳る。
柔らかく薄い皮膜を突き破り、しなやかな筋繊維をブチブチと引き千切りながら、鋼鉄の牙がヴィータの太腿にめり込んだ。
巨大な鋸刃がヴィータの右大腿部を食らい尽くす。
全長1mはある長大な鋸は、留まることなく機械的に前後運動を続け、刃が引かれるたびにヴィータの絶叫が暗い地下室に木霊していた。
高町なのはがその手を止めた。
先ほどまで鋸を容赦なく引いていたため、体の前面部は全てヴィータの出血で朱色に染められていた。
立ち込める血煙が香炉のように漂う。
『ヴィータちゃん・・・どう?気持ち良い?気持ち良い?もっとして欲しいよね・・・もっともっともっと!!ヴィータちゃんの可愛い所、私に見せて欲しいの!』
高町なのはが頬に飛び散った返り血を舌で舐め取る。
舌を溶かす熱が広がる―――とても甘い、とても温かく、優しい味。
眼前で犯している少女の内部を舌で味わったような征服感。
その喜悦を忘れられなくて、高町なのはは何度もヴィータにおねだりをしていた。

「ほらほら、はやてちゃん、こっちのヴィータちゃんも可愛いんだよ!見て見て!!」
高町なのはが指差す先のディスプレイは・・・。

『ひぃ、あがぁぁぎぃい・・・やぁああ!!』
ヴィータが腸の奥底から搾り出すように、悲痛な声をあげていた。
原因は映像を見れば一目瞭然だ。ヴィータの胸部が開かれているのだ。肉体の内部構造を露にされても、なお死ぬ事は無い―――魔法生命体にして、守護騎士であるがゆえの頑強さ。それがこんな拷問というよりも、処刑じみた行為に対しては相手を喜ばせるだけの玩具になってしまうという事実を突きつけられていた。

「この・・・狂人が!!お前の・・・・お前・・・こんなに狂ってるのか!あぁ・・・ヴィータ!!ヴィータ!!」
溜まらず、八神はやてが憤怒の面で高町なのはを射殺すように睨み付けた。
「あはは!だって、ヴィータちゃん・・・凄いんだよ。どんなにボロボロに傷つけても魔力さえあげればあっという間に傷が塞がっちゃうんだもん。単純に手足を切断したりするぐらいじゃすぐに治っちゃうし・・・便利だよねぇ。だから、調子にのってこんなにしちゃった♪
この時は流石に、本当に死にそうになっちゃったけど・・・この後たっぷり魔力を胎内に注いであげたら元気になってくれたよ♪私の下手糞な治癒魔法でも効いてくれて嬉しかったなぁ」
空中に映し出されるヴィータの姿。
開かれた胸から覗くあばら骨―――それを甘噛みする高町なのは―――手足をばたつかせるヴィータ。しかしその手足も末端部分は歪な傷跡を残して引きちぎられていた―――画面端に転がっている、汚れた鋸がどう見ても原因。
ヴィータに跨ったまま、高町なのはが自らの秘部に細い指を這わせる―――正確には、高町なのはが手に持つ、切断されたヴィータの肘より先の右腕を己の秘部に持っていく―――力ない指が高町なのはの内部に飲み込まれて、粘膜を擦るたびに濡れた淫声が漏れる。
しかし、生物が許容できる痛撃を遥かに超えているはずなのに、ヴィータが失神する様子は見られない。おそらくは、ベッドの脇に置いてある使用済みの注射器から捻じ込まれた薬品が原因なのだろう。どんなに苦しくても、意識を失わせないための薬。拷問や処刑にも用いられる残虐にして非道な悪魔の所業。
高町なのはが切り離されたヴィータの手指をキャンディーのように舐める。同時に空いている手でヴィータの肺腑を優しく撫で、時には爪を立てる。ヴィータの絶叫が絞り出されると肺臓が伸縮を繰り返す―――それを楽しそうに見つめる高町なのは。
ディスプレイから零れだすヴィータの悲鳴は止む事無く、礼拝堂に轟き続けている。

「なのは・・・お前・・・お前にも、ヴィータにした事と同じ目に合わせてやる!」
沸騰した感情で頭の中が真っ白になった八神はやてが、高町なのはに向かって駆け出す。考えるよりも体が先に動いた―――家族を穢した奴を目の前にして冷静を保てるわけもない。
拳を握り締めて、振り上げる、走る、高町なのはのにやけた頬面目掛けて放たれる拳。
―――しかし、空を切る。
高町なのはは、ゆったりと白と琥珀の影を引きながら半円軌道で跳躍。空中でトンボをきって、フェイトの全身写真が貼られた祭壇の前へ着地した。

「ははは、悔しい?悔しい?ヴィータちゃんの色んな初めて、先にもらっちゃったよ?耳もお臍も鼻も・・・眼に見える穴から、お腹の中も、喉の奥もみぃんな先に私の匂いが付いちゃった!!ひはは!!」
八神はやての憎悪の瞳を真正面から受け止めても一切動じる事無く、高町なのはが嘲笑を浮かべながら続ける。
「それじゃあ、そろそろヴィータちゃんに登場してもらおうか?凄く可愛くなってるんだよ。はやてちゃんもきっと羨ましくて泣いちゃうね。でも・・・もうヴィータちゃんは私だけのものだよ、返してあげないよ!おいで、ヴィータちゃん、もうお着替えは済んだでしょ?」
呼びかけに応え、礼拝堂の奥―――高町なのはの左後ろにある扉が開いた。微かな衣擦れの音と、弱々しい吐息・・・ふらつく細い足は裸足で、小さな足音を立ててヴィータの姿が八神はやての前に現れた。

「ヴィータ!!ヴィータ!!・・・助けに来たよ!!ヴィータ!!」

八神はやてが喜びと悔恨に満ちた声をあげるが、ヴィータは何も聞こえなかったかのように高町なのはの下へとゆっくりと歩く。
「駄目駄目・・・もうヴィータちゃんにははやてちゃんの声は聞こえないって・・・駅でも言ってあげたでしょ?ねえ・・・ヴィータちゃん」
清潔感のある白が印象的な花柄レース入りの、ふんわりとした柔らかいコットン製のチュニックワンピースに身を包んだヴィータ。長袖から伸びた手は力なくぶら下がり、素足は冷え切ったかのように生気を失っている。高町なのはがヴィータの腰に手を回して抱きしめると、いつものように三つ編みにした髪がゆらゆらと揺れた
「ヴィータちゃん・・・言ってみて?ヴィータちゃんは、誰のもの?」
高町なのはがヴィータの細い顎を軽く持ち上げながら尋ねると、虚ろな眼を瞬きさせないままヴィータが答える。
「な・・・なのは。なのは・・・が私の、ご主人さま・・・です。あ・・・愛してい・・・ます。誰よりも・・・大好きで―――」
ヴィータが全て言い終える前に、高町なのはがヴィータの桃色の唇を塞ぐようにしてキスをした。
二人の小さな舌が口内で、くちゅくちゅと音を立て泡立つ蜜と共に交ぜ合わさる。

「ヴィータ!ヴィータ!!お願い!迎えに来たよ!ねぇ!お願いだからこっちを向いて!!」
八神はやての悲痛な声。しかし、ヴィータにはまったく届かない。
淫らな音が楔となってヴィータの意識を絡めとっている。
「あぁ、ヴィータ・・・!ヴィータ!!」
近づこうとすると、遮るようにして高町なのはの声が飛ぶ。
「うふふ、ヴィータちゃん見せてあげなよ!私が付けてあげた綺麗な印・・・。ヴィータちゃんが私の物になりましたっていう証拠を!」
高町なのはが肩を掴んで八神はやての方へ向けてやると、ヴィータが胸のボタンを一つずつ外し始めた。少しずつ見え始めたヴィータの肌―――病的に白い。
全てのボタンを外したヴィータがそのままワンピースを脱ぎ捨てると、軽い音を立てて薄布が床に落ちた。
下着を身に着けていないヴィータの総身が八神はやての目に映る。
それはいつも見ている、傷ひとつ無い柔肌で甘い匂いを放つ、少し熱っぽい麗しい肉体・・・ではなかった。
ヴィータの全身に刻まれた刺青が、八神はやての網膜に焼きついた。
胸元から腹部を中心に手首、足首にまで広がった幾何学模様と魔術文字が混合された複雑怪奇な紋様がヴィータの身体をくまなく包み込んでいる。当然、背中や尻にも書き込まれているのだろう。

「どう?可愛いでしょ?私が考えた魔法なんだよ。直接体に魔法を刻んであげるの・・・。消えないように深く抉って、彫って、引き裂いて・・・綺麗にしてあげるの。完成した後は私の言う事をしっかり聞いてくれる、とっても良い子になってくれてるんだよ」
高町なのはがヴィータの腹部に手を回すと、臍の周辺に高密度かつ精細に掘り込まれた刺青を人差し指で優しくなぞる―――ヴィータの膝が折れる。その表情は恍惚としており、意識が快楽に飲み込まれている事を示していた。
ヴィータの口端から零れる涎を舌で掬い取りながら、高町なのはが口を開く。
指先には赤く染まった魔力刃、それを八神はやてに見せ付ける。
「これで刻んであげるとね、凄く痛いのにとっても気持ち良くなるの。熱くて熱くて・・・疼いてしょうがなくなっちゃうんだよ。ヴィータちゃんも最初は必死で抵抗してたんだけど、最後の仕上げをする頃にはすっかり病みつきになっちゃったみたいで、もっともっとってせがんで来るから・・・・楽しくてこんなにいっぱい描きこんじゃった!」
ヴィータが高町なのはの指先を舐める。魔力刃に触れて、舌先が薄く裂けると―――途端に蕩けた表情を浮かべてしまう。
「可愛いね、ヴィータちゃん・・・。ふふ、それじゃあ、はやてちゃんにお別れ言える?ちゃんと直接言ってあげなよ。そうしたら、はやてちゃんも諦めるよ。あ、ひょっとしたらヴィータちゃんと一緒に居たいって言ってくれるかもしれないね。そうしたら、ヴィータちゃんと同じように一杯、刺青入れてあげるよ?ほら、そしたらヴィータちゃん、はやてちゃんの所に行ってあげなよ。ずーっと待ってたでしょ。会いたい会いたいってずっと言ってたじゃない・・・まぁ最近は言わなくなっちゃったけど♪」
高町なのはがヴィータの背中を軽く押すと、体重が消え失せてしまった様な・・・現実と剥離した表情を浮かべたヴィータが、少しずつ八神はやての下へと向かう。
ずっと探していた愛しい家族がついに手元へ戻って来てくれる喜びと同時に、ヴィータの虚ろな瞳から感じる不安を味わいながら・・・八神はやてはヴィータに駆け寄り、両腕で抱きしめた。喜びよりも不安よりも、寂しさが勝る―――ただヴィータの温もりを感じたかった。
八神はやてが両膝を床に着けてヴィータの腰に腕を回すと、二度と離れないように強く抱きしめる。顔を上げ、愛娘の顔を見つめながら言う。
「ヴィータ・・・ヴィータ・・・ごめんな、ごめんな。こんなになるまで・・・。すぐに助けてあげ―――」
涙を滲ませながら言った声が止められる―――ヴィータの細い腕が、八神はやての首を右手で掴み上げ、万力のような力で締め上げる。一切感情を生み出さない、傀儡そのモノの表情を浮かべるヴィータが、その幼い腕から生まれるとは思えない膂力で、八神はやての喉を握り潰す。
「ヴィ・・・タ・・・ごめ・・・ん・・ね」
喉下から聞こえるゴキゴキという異音を聞きながら、八神はやてが声を絞り出した―――しかし、ヴィータの力はまるで緩まない。もはや窒息させるというよりも、首を握り潰してしまいかねない勢いだった。
視界が暗く染まりかける中、ヴィータの左手が目に留まる―――震える手を伸ばし、拳を握り締めている左手の甲に触れる。
「おく・・・れて、ごめんな・・・。ヴィー・・・タ・・・。辛かった・・・やろ、寂し・・・かったやろ。もう―――離さないから・・・だから・・・笑って・・・そんな顔、似合わない・・・よ」
ヴィータの固く握りこまれた左手を、右手でそっと包む―――すると、首を締め上げる力よりも強く握り締められていた左手の拳が、ゆっくりと開いた。
八神はやての右手にヴィータの左手の中から、何かが落とされた。細かく、軽い・・・紙のような・・・。
右手を持ち上げて、霞む視界にヴィータからの贈り物を映す。

刻まれた・・・写真。
家族の写真―――みんな写ってる―――4人の子達も写ってる―――刑務所にみんなで行った時に撮った最初で最後の集合写真―――理想で希望で、現実にならなかった・・・できなかった。
それでも、ヴィータは大切にしてくれていた。こんな状況になって、最後まで握り締めてくれていた。
バラバラに千切られた紙片の中でも、笑顔が見える。ヴィータの笑顔が見える。
床にもパラパラと写真の欠片が落とされていく。
ヴィータはずっとこの写真を支えにして耐えて・・・。
高町なのはの嘲笑う声が聞こえる。
「あー、ヴィータちゃん・・・。それ、まだ持ってたんだ・・・。目の前で引き千切ってあげたら、凄い悲しそうな顔してくれたんだよぉ。とっても可愛かったなぁ」
高町なのははその場を動かず、祭壇の脇に座り込んだまま、にやけた顔で八神はやてが苦しむ姿を楽しそうに眺めていた。
「はやてちゃん、心配しなくても平気だよ。安心して締め落とされちゃいなよ。寝てる間にヴィータちゃんとお揃いの模様を描いてあげるから♪ほら、早くしないと喉が潰れて声が出なくなっちゃうよ?」

八神はやては高町なのはのふざけた声を聞き流し、ヴィータの顔を真っ直ぐに見つめる。
胸に残った最後の吐息を使って、言葉を紡ぐ。
「ヴィータ・・・一緒に、帰ろう。みんな・・・待ってる・・・から・・・ね・・・」
八神はやての胸部は全ての呼気を吐き出し、萎んだまま膨らまない。
視界が黒に染まる寸前、ヴィータの顔を見る―――その目に浮んだ涙が零れていた。

―――ああ、もう少しで―――ヴィータ!!

最後の力を振り絞る。
ヴィータを頭を掴み無理矢理に寄せる―――唇を重ねる―――舌を突き入れ飲み込ませる。ヴィータは抵抗する事無く、八神はやてを受け入れる―――舌の上にある魔力を凝縮させた、切り札である解術魔法を込めた珠を互いの舌で挟み込む。
飴玉のように舐めると、圧縮されていた紫色の魔力が互いの体に満たされる。
ヴィータの目が、少しずつ光を宿し生気を取り戻す―――自分の右腕が伸びる先に、八神はやての首が握り潰されているのを見たヴィータが徐々に力を緩める、全身に走る刺青から痛撃が駆け巡るが構わずに右手を外す。
拘束から解放された八神はやてが吐血交じりに咳き込む。
空っぽだった胸に、空気と安堵の気持ちが溢れる。

八神はやてが弱々しく、力の入らない手でヴィータの頭を抱えるようにして胸に抱く。
「ヴィータ・・・良く頑張ったね・・・。もう、後は私が・・・全部、片付けて来るから・・・ちょっと、待っててな」
そういうと、八神はやてはヴィータの額に軽くキスをする。
ヴィータがゆっくりと瞼を閉じる・・・意識を落とす前に少しだけ口を開き、
「はやて、ありがとう。だから、なのはも・・・助けて・・・」
それだけ言うと、ヴィータの全身から力が抜け、八神はやてに寄りかかり、安らかな吐息を立て始めた。八神はやては足元に散らばった写真の欠片を全て拾い、ヴィータの腰と膝に腕を回して抱き上げる。
八神はやてが礼拝堂の中心に鎮座したままのベッドからシーツをむしり取り、ヴィータを壁際に横たわらせる。素肌を隠すように真っ白なシーツを被せてやってから、最後に桜色の血色を取り戻すつつあるヴィータの頬にキスをする。
「直ぐに・・・片付けるからな・・・」
それだけ告げると、振り返る。
視線の先では、白い悪魔が不機嫌そうに表情を歪ませている。

八神はやてが胸元のペンダントを握り締める―――光が生まれる。
洗練された甲冑を編みこんだ防護服が総身を包む。
右手に握られた十字杖が鋭い金属音を響かせた。

「気に入らない・・・気に入らないな・・・。何それ・・・愛の力とかって事?私が一生懸命、描いて綺麗にしてあげたのに・・・。はやてちゃんなんかとキスしたり、写真の破片見ただけでヴィータちゃんが正気に戻るとか・・・はは、どういう事?」
高町なのはが立ち上がる。
怒気を孕んだ魔力が、濃赤色の波紋となって虚空に広がる。
「ヴィータ・・・さっきの約束だけは守れそうにないから勘弁な・・・こいつを助けるなんて考え、とてもじゃないけど持てそうにないわ」
呼応するように、紫の輝きが粉雪を散らすかのように吹き上がった。

高町なのはの手中の宝玉が光る。
主人が求める形態へ変化―――進むべき道を阻む、全ての障害を駆逐する力をもたらす魔杖レイジングハートの現出。
同時に高町なのはを包む、見た者を狂わせる純白の防護服。
あらゆる穢れを掻き消す、圧倒的な白色。高町なのはの前では全てが白く染められる。自らと同色以外のものは全てを否定する、狂気の白光。

「良いよ、はやてちゃん。それじゃあ、私達らしく決めようよ。私が勝ったら、ヴィータちゃんもはやてちゃんも私のモノにしてあげる。私が負けたら、ヴィータちゃんを返してあげる」
ニヤニヤと唇を歪ませたままに言う高町なのは。

爆裂―――八神はやての返答=無詠唱での魔力弾掃射。
高町なのはがその全てを直撃寸前にシールドで受けとめる―――焼けた魔力片が燐々と散る中、鋭い声が飛ぶ。
「はは・・・あんまり、舐めんなや。言われなくても、やってやるわ・・・。私の家族に手を出した奴がどうなるのか・・・教えてやる!」
言いながら、八神はやてが六枚の黒翼を羽ばたかせ跳躍。噴煙の影に見えた高町なのはの顔面目掛けて、シュベルトクロイツ(十字杖)を叩きつける。
撃音。
高町なのはの右手が生み出す円環型魔力壁が十字杖=十文字槍を受け止める。
「良いよ、良いよ!!はやてちゃん、壊してあげる!私がバラバラにしてあげる!!ヴィータちゃんの目の前で刻んであげる!」
「黙れ、化物!!」
八神はやてが十字槍を一度、背中まで引き戻す――そのまま回転、遠心力と全体重を乗せて、高町なのはへと横殴りに叩きつける。
―――手ごたえ無し。今度はシールドで防がれる事もない。
空振りの動きを止めるために、黒翼でもって制動。
気配を辿り、正面を見据えた八神はやてに答える声。
「ふふふ・・・心配しないで、はやてちゃん。どんなに滅茶苦茶な体になっちゃっても生かしておいてあげるから。だって、そうしないとヴィータちゃんまで死んじゃうし・・・何より、人間の形とは程遠い姿のはやてちゃんを見て、泣いちゃうヴィータちゃんとか・・・ああ、駄目。考えただけで、凄く熱くなっちゃうよぉ!」
舌を出しながら、喜悦に満ちた狂笑。
八神はやての背中に冷や汗と共に走るのは、今だかつて経験した事の無い戦慄。
「はやてちゃん、沢山沢山頑張ってね。全部、映像を記録するよ。はやてちゃんの指が切り飛ばされる所も、腕が引き千切られる所も、折角動くようになった両足が蒸発する所も・・・ぜぇんぶ!!それでも、絶対に殺してあげない!!傷口は直ぐに焼き潰してあげる・・・。
これが終わったら、ヴィータちゃんにはやてちゃんが壊れていく映像を見せてあげるの・・・それから、芋虫みたいになったはやてちゃんを見せてあげるんだよ!!きっと凄く泣いちゃうね、可愛いね可愛いね!!一生懸命、はやてちゃんの事を助けてって言うんだろうね!」
自らの妄想に酔った高町なのはがその手を眠ったヴィータを掴むかのように伸ばす。決して届かない距離にも関わらず、その手指はまるでヴィータの秘部を弄ぶように蠢いている。
異常な程に輝く瞳、艶かしく踊る手指・・・それら全てが八神はやての腸を煮えくりかえす―――柳眉を逆立たせて叫ぶ。
「私のヴィータに、その薄汚い手を向けるなぁ!!」
十字槍の先端部に紫光が収束、一筋の魔力砲となって高町なのはへと突き進む。
魔力光の帯を高町なのはが下段から振り上げたRHで打ち払い、礼拝堂の天井に大穴が開く。
「もう・・・はやてちゃんのせいで天井に貼った一番大きいフェイトちゃんの写真・・・無くなっちゃった。この落とし前はでかいよ・・・」
そう言ってから、高町なのはの足首に翼が広がる。
「はやてちゃん、来なよ。ここじゃなくて、もっと広い場所で・・・ヴィータちゃんに火の粉が飛ばない場所で、ゆっくり犯りあおうよ」
ピンクの翼をはためかせ、高町なのはが空高く飛翔―――八神はやても黒翼を広げ、後を追う。眼下に残したヴィータの姿を少し見やってから、高町なのはの魔力を辿って赤茶色の空を疾走していった。

廃棄都市の大気が、中空に浮かぶ二人の少女から発せられる魔力に震えていた。
管理局でも「決して相対させてはならない」とされている、二人の天才魔法少女が焼切れそうな視線で睨み合う。

「はやてちゃんと全力全開で犯りあうなんて・・・たぶん、初めてだよね。いつもは守護騎士のみんなもいるし。でも、今は私と二人っきり・・・誰も守ってくれないよ、助けてくれないよ。はやてちゃんは私が飽きるまで、ずっとずっと犯されちゃうよ!!!」
高町なのはが肩を揺らしながら笑う。
そのふざけた態度とは裏腹に、自身の愛機であるRHはカートリッジが炸裂音と共に発動。戦闘態勢が完全に整った。

八神はやてが高町なのはの笑いを遮るように口を開く。
「私が、一人じゃ何もできないって思ってるんか?だったら・・・その勘違いを思いっきり正してやるわ。その時にはきっと、なのはちゃんの体はこの世界から消えてるけどな!」
八神はやてが愛機である、魔術書を左手に十字杖を右手に構える。
既に魔術書からはその身に収められた魔力が零れ出し、八神はやての紫に輝く魔力を発露させている。
いつの間にか、二人は笑っていた。
これまで一度として、喧嘩もしたことがなかった。
きっと最初で最後。
二度目は無い。
この戦闘が終わった後、どちらかは五体満足で立ち上がれないだろう。
高町なのはの乾いた衝動、底無しの独占欲、歪んだ愛情、全身を蝕む孤独感。
八神はやての家族を守る決意、家族を傷つけられた憎悪、守れなかった事への自己嫌悪。
まったく異なる二人。性格も、顔も、肉体も・・・何もかも。
ただ一つ共通しているのは、とても不器用な事。
それでも、一生懸命に頑張った結果がここに到ったのなら、ぶつかり合うならケリを付けよう。
私たちのやり方で。
視界を蹂躙する桃色の閃光―――大空を飲み込む紫光の光槍。
互いが保持している最大級の砲撃魔術の激突。
漂っていた雲が一瞬にして引き千切られるように消失、代わりに魔力と含んだ噴煙が光を塗しながら膨れ上がった。
誰からも打ち捨てられた無人の星に開戦の狼煙が上がる。
悠久とも言える時間を静寂に満たされていた世界―――眠りを破る極大の目覚ましが鳴り響いた。

先に動いたのは高町なのは。
壮絶な爆煙が立ち込める焼けた空を疾走、一直線に八神はやて目掛けて突進。同時に周囲に魔力弾を生成―――瞬く間に百を超えるショッキングピンクの怪しい輝き。
湧き上がった雲煙を掻き破り、八神はやての前に姿を現す―――近距離砲撃魔法の射程距離。
八神はやては未だに先ほどの砲撃相殺時の反動から体勢を立て直せていない。
高町なのはの凶眼が獲物を捉える。

「はやてちゃん、いくよぉ!!」

高町なのはの周囲に追従していた魔力弾が餌を求めて解き放たれた。

迫りくる光の群れに八神はやてが両眼を見開く。同時に魔力障壁を展開し全身を覆い、衝撃に備えて踏ん張る。
高町なのはの魔力弾が一斉に全方位から着弾した。

重撃―――八神はやてが爆撃を防ぐ度に、障壁ごと弾き飛ばされる。
まるで鳶の群れのように、八神はやてを先頭にした魔力弾の容赦ない追撃。
爆破の痕跡が尾を引いて軌跡となる。

一瞬間、連撃が途切れた。
反撃の機会を伺っていた八神はやての十字杖が、練り上げられた魔法を展開。
つま先から頭頂部までを囲むように闇色の刀が螺旋模様を描いて虚空から生まれる。
「黒刃よ・・・飛んで、刺され!!」
声と共に全ての刃が音も無く飛び跳ねる―――高町なのはの魔力弾を切り裂き―――誘爆。金属片が黒光を撒き散らしながら空に舞った。

幾つもの光が爆ぜ、八神はやてに追い縋っていた全ての魔力弾が四散。
そのまま反撃に移ろうとした時、頭上からけたたましい裂音が届く。

視線と共に持ち上がった顔のすぐ横を通り過ぎて落下していくのは、紫煙で尾を作った高熱を有する空薬莢。
「こっちだよ!!こっちだよ!!はやてちゃん!!見て、見て!!すぐにコレで犯してあげる!!」
高町なのはが自身の直下へ、RHの切っ先を向ける。
先端部にはカートリッジから放たれた魔力と高町なのは自身の魔力が混ざり合い、圧縮された巨光。
幾重にも連なる魔力増幅用の円環が指し示すのは、八神はやて。
「エクセリオン・バスター!!」
RHの砲口から光の奔流がぶちまけられる。
目も眩むような圧倒的な魔力の洪水が、八神はやての全身を一瞬で飲み込む―――地表まで落下―――大地を貫き、真っ暗な空間へ叩き落される。
都合三枚ほどの分厚い地殻構成壁を貫通、八神はやては無光無人の地下都市跡へ、大量の瓦礫と土くれを伴い落下した。
極大のハンマーでぶっ叩かれた様な衝撃、意識を失わずにいられたのが不思議なほどである。砲撃で全身を焼かれる寸前に、魔術書が自動防御を発動させたために何とか生き延びられた。何の防護も無しにアレを喰らっていたら、自分はそこらの壁に染み付いた、薄汚い影しか残らなかったかもしれない。

腹の上へ圧し掛かっている瓦礫片を払いのけ、自制の利かない膝の震えを堪えながら立ち上がる。
見渡す限り、光の無い街並みだが唯一自分が落ちてきた軌跡である天井の大穴からだけは光が降り注いでいた。そこはまるで暗闇を削った舞台劇を行うステージの光景。
そして、光と供に降り立ったのは白い悪魔。
桜色の花弁を思わせる羽を、輝く粒子へ還送させて、着地。
歓喜と嘲笑の混じった表情で、自身よりも身長のある八神はやてに見下ろすかのような視線を向ける。
「弱い、弱い弱い弱い・・・。はやてちゃん、弱いよ。やっぱり一人じゃ何もできないじゃない・・・」
小学生の頃とほとんど変わらない身長、髪の長さ、仕草、性格―――夢見がちな少女の瞳。高町なのはの歪んだ肉体、精神。
同級生達が次々と成長していく中、高町なのはだけは時の流れから取り残されたようだった。
そんな小さな同級生が凶悪な牙を向けてまで欲しがるものは何なのか・・・八神はやてには分かっていた。
「はやてちゃんは一人じゃ戦えない、家族のみんなが守ってくれてるから今までは強く見えてたけど・・・ほら、こうして私と一騎打ちしてみたら、こんなだもん・・・」
高町なのはが歩を進める。無造作に魔杖を構えることもなく、自然体のまま八神はやてに近づく。
「チャンスだよ、はやてちゃん。私は魔法は一切使わないでそっちまで歩いていってあげる。それまでに私を倒せたら、はやてちゃんの勝ちだよ・・・。ほら、どんどん攻撃しなくちゃ・・・ね♪」

八神はやてにはこの近距離で自分を倒せる術が無い事を知った上での挑発。
無力感を味わわせてやりたくて仕方が無い、歪んだ欲望からの嗜虐行為。

高町なのはの意図を全て悟った上で、八神はやては十字杖に魔力を注ぎ込む。
油断しきった相手の鼻を圧し折れれば、こちらの勝ちだ。
十字の刃が濃紺に染まる―――守護騎士である剣術士シグナムの模倣、八神はやてが今、この瞬間に使える最大威力の一撃。
―――渾身の魔力を叩き込んでやる。
十字杖の先端部に圧縮加工された魔力刃が生成され、紫光を纏った十文字槍へ変質。
両手で掴んだ槍を一振り、遠心力を巻き込んで翼を全力で動かし―――跳躍。

高町なのはの頭部目掛けて、全力で槍を突き出す。
「貫け!!」
紫炎を噴出させながら、魔力刃が高町なのはの薄笑いを浮かべた顔面目掛けて放たれた。
高町なのはは宣言どおり、何の防壁もなさない生身の状態だった。
確かに八神はやての圧縮魔力刃は何の減衰も無しに、目標物を刺突しようとしていた。
しかし、高町なのはの大口から嘲笑が吐き出される。
「あは♪・・・これだけ?ねぇ、はやてちゃん・・・これで終わり?あはは!!うふふ・・・あっははははは!!」
八神はやては驚愕の余り、声も出せない。
高町なのはは人差し指と中指、たった二本の指でもって八神はやての一撃を受け止めていた。電火を散らす魔力刃が高町なのはの細く幼い指で、八神はやての体重諸共支えていた。
「もう、良いよね?はやてちゃん、ここから先は私が好きなだけ、飽きるまで・・・はやてちゃんを可愛くしてあげる!!」
虚しく輝く紫の光から指を離した高町なのはの全身が一瞬で沈み込む。
体の芯を貫き、打ち鳴らされる打撃音。
次の瞬間、八神はやての下腹部に背骨まで叩き折りかねない回転蹴りがぶち込まれた。
遥か上空まで打ち上げられた八神はやての視界に鈍い桜色の光球。
バスケットボールサイズのそれが、八神はやての胸部目掛けて真っ直ぐに飛び込んだ。
意識が体外へ飛び出しそうな程の衝撃。
激烈な衝音を伴い、ボーリング球のような重厚な鉄球と化した魔力弾が、八神はやてに突き刺さった。
瞬間的な呼吸停止、軋む肋骨、喉奥に広がる鉄の味。
天地上下の感覚すらも失った八神はやてが何とか態勢を立て直そうとする間に、先ほどの桜色の重質量弾が数えきれない程の物量で迫ってきた。

右腕上腕に直撃、華奢な骨が悲鳴をあげる。
左足太股に直撃、薄い柔肉が叩き潰される。
下腹部に直撃、鉄球が腹を叩く度に、赤く汚れた胃液を吐瀉物と共にぶち撒けさせられる。
顔面に直撃、意識が飛ぶ―――途絶する。

バリアジャケットの破片や血液、吐瀉物を撒き散らしながら、八神はやての体が空中で弄ばれる。
まるで下手糞な操り人形劇―――意識を失った八神はやては無理やりに踊らされ続けた。

その無残な姿を高町なのはが地上から夏の花火を楽しむかのように眺める。
右手の五指は常時動き続け、八神はやての体をビリヤード玉の如く叩き続ける魔力弾を操作。
「あはは♪こうしていると思い出すよ。空き缶を使ってユーノ君と魔法の練習をしてた小学生の頃をね。はやてちゃん達と会う少し前だったかな。あの頃は良かったなぁ、まだみんなが私の傍に居て、いつまでも楽しい時間が続くんだって、思えていたから・・・」
口元を愉悦の笑みで切り裂きながら、高町なのはが続ける。
「ねぇ、はやてちゃんだってそう思うよね?ずっとずっと変わらない時間、減ることの無い幸せの時間、いつまでも続くそんな世界に居たいって・・・」
八神はやてを機械的に打ち続けていた鉄球が一つに収束―――巨大な球塊となって、直下に八神はやてを敷いたまま急速落下。地下世界に落雷を思わせる轟音と衝撃が走った。
大地に突き刺さった光球が桜色の花弁を散らして消失すると、半円形に陥没したクレーターの底に、八神はやての無残な姿が晒される。
「だから・・・私は頑張るよ。いつまでも幸せで居られるように、どんな事をしても・・・あの頃を取り戻すんだよ」

高町なのはの声が遠くに聞こえた。
かろうじて意識はあった。全身の骨が軋み、膝から下の感覚は消失。
―――立ち上がれる?
自問する。
答えは一つだ。
「うおぉあああぁ!!」
立てる、立てる。骨が砕けようと、肉が潰れようと、立ってみせる。
あんな奴に負けない!あんなに間違った奴に負けない!
思い知らせてやる、お前が間違ってる―――それが分かるまで!

高町なのはが満身創痍のまま立ち上がった獲物に、冷たい視線を送りながら言う。
「もう・・・やめなよ、はやてちゃん。これ以上やったら、死んじゃうかもしれないよ。私だって、そんなに手加減が上手じゃないから・・・うっかり殺しちゃうこともあるかもしれないし・・・。私にまだほんの少しでも理性が残ってる今の内に、降参した方が良いよ」
侮蔑を練り込んだ、冷ややかな声。

―――甞めるな。
朧げだった視界がクリアになる。相手が見える。
間違ってしまった友達、狂ってしまった友達。
きっかけを作ったのは・・・自分だった。こうなってしまった原因は自分にある。
だから・・・せめて後始末だけでもしてやろう。
こんなのはこれからも起こることだろう。仲間も友達も裏切って・・・。
それでも、家族のためならどんな汚いことだってしてやる。
これが全部一人で片付けられないようじゃ、この先、生きていくことなんてできない!
高町なのはを始まりにさせてもらう。
私がもう、戻れない場所を歩き始める第一歩に・・・。

「なのはちゃんは・・・間違ってる。一人で殻に籠って昔の思い出で自慰行為に耽ってるだけの・・・本当に滑稽な姿。薬で無理やり成長を止めた体、夢見がちな妄言・・・。そんなに一人が怖い?孤独が辛い?白い悪魔なんて呼ばれてるあんたが、本当はとんでもない寂しがり屋だなんて知ったら、みんなどう思うやろな?」
愚弄をたっぷりと含ませた口調で八神はやてが言った。
高町なのはの表情が消える。
「・・・何が、言いたいのかな?」
「なのはちゃんは、弱いって言ってるんよ。一人じゃ何もできないのは、なのはちゃんの方だよ。フェイトちゃんに『寂しいから助けて欲しい』って言う勇気も無い、軟弱者。もうとっくにフェイトちゃんはなのはちゃんの庇護から一人立ちしてるのに、あんたはいつまで経っても依存し続けてる・・・フェイトちゃんの方がずっと強いわ」
「違う、フェイトちゃんは私が守ってあげるの。私の大切なお姫様なの。ずっとずっと私が守ってあげるの」
「本当は分かってるはずやろ、フェイトちゃんはもうあんたに頼らなくても立てる。元々強い子だからね。立ち上がれなくなっているのは、なのはちゃん。フェイトちゃんの影を這い蹲って追い掛け回す、醜悪な化け物」
「・・・違う。フェイトちゃんは私が居ないと駄目なんだよ」
「嘘だね、フェイトちゃんが居ないと駄目なのはお前だ。感心するよ、よくもまぁそんな醜く歪んだ体でフェイトちゃんに会えるね」
「うるさい」
「成長を止めるなんて、フェイトちゃんの足枷。せっかく自由に羽ばたく事が出来るようになったフェイトちゃんを縛ろうとしてる。なのはちゃんのやってる事はフェイトちゃんを苦しめるだけ。それも、本当は分かってるんじゃないのかな?それでも、止めない―――あんたは間違った自分を認めたくないだけ、もう戻れないって自分に言い聞かせてるだけ、一言『助けて』って言う勇気が無い臆病者!」
「黙れぇ!」
怒号と共に放たれる、魔力砲が八神はやてに突き刺さる。
凄まじい爆風が高町なのはの細い髪を激しく揺さぶった。
「はやてちゃんの、そういう人を見透かしたような所が大嫌い。ずっとそう・・・出会った時から思ってたよ。何でもかんでも訳知り顔で、自分だけが全部何もかも理解してるみたいな態度が凄く苛つくんだよ」
噴煙が立ち昇る先を睨みながら、高町なのはがゆっくりと近づく。

「はやてちゃん・・・もう、そんな生意気が事が言えないようにしてあげる。手も足も千切って何もできないように・・・ヴィータちゃんの見てる前でね」
高町なのはの左手に握られたRHの先端部に魔力を圧縮成型させた刃が生まれる。
怪しく輝く赤色が、高町なのはの能面のような表情を染めた。
「でも、まずはその余計な事を言う喉を掻き切ってあげるよ。そうすればさっきみたいな嘘は言えないもんね」
高町なのはが自身の身長を軽く上回る大槍と化したRHを振り翳すと、それに答えるように声が届く。
「うふふ・・・やれるもんならやってみろや」
土煙の向こうで揺れる影には、敗北感など微塵も無かった。
高町なのはが無言のまま走る。一刻も早く、あの不愉快な声を止めてやることしか頭になかった。
八神はやての喉を切り裂くどころか、首を切り飛ばす勢いで槍を振るう。
標的めがけて薙ぎ払った槍から伝わる感触は―――破砕の衝撃。
「これ以上は手加減できないって言ってたよなぁ。それは、私も同じや。ここから先は、どうなっても恨まないでな・・・」
砕かれた魔力刃が細かな破片となって飛び散った。
高町なのはの超砲、数発分の魔力を圧縮して作られた刃は、八神はやての拳で砕かれていた。
驚愕の表情を隠さず、高町なのはがバックステップで大きく距離を取る。
長年の戦歴から、相手がとても不味い状況に入ったことを感じていた。

揺れる様に歩みだす八神はやて。
その姿は満身創痍―――砕かれた骨もあれば、内出血が広がり潰れた肉も痛々しいまま。
それでも八神はやては動く。
「あのな・・・コレはあんまり見せたくなかったんよ。ヴィータも近くに居るしな・・・万が一見られてまうと、ちょっと具合が悪い・・・。でも、やっぱりなのはちゃん相手じゃ、出し惜しみしてたらどうにもならんね・・・」
八神はやてが身に纏う雰囲気が変わった。
薄暗い地下世界に、紫の炎が広がる。まるで己の力を誇示すかのように猛々しく燃え盛る炎を影に、八神はやてはその手に持っていた魔術書を右手で掲げる。
「一人でも戦える力が欲しかったんよ。もう家族を失うような事が無いように、一人でも、どんな脅威からも家族を守ってあげられるように・・・圧倒的で、絶対的な力が・・・」
ゆっくりと指が開くと、魔術書が自然落下する。
天井の大穴から届く光に映し出された八神はやての影に向かって落とされた魔術書。
水音。
魔術書が八神はやての影に飲み込まれた。影が幾重にも重なる波紋を揺らめかせる。
瞬間―――八神はやてを中心に、魔方陣が展開を始める。しかしそれは、ベルカ式の三角形でもミッド式の円形でも無い。
精緻な魔術文字が毛細血管のように浮かび上がり、虚空に踊り狂う。
魔術文字、英数字・・・そこに混じって、見慣れた漢字も混入させられていた。
生物じみた不定形の、魔方陣と言って良いのかすら不明な、八神はやての意思がコードの群体となって世界を侵食し、食い破るように拡がる。

高町なのはの戦闘経験が危険信号を最大ボリュームで鳴らし、心音を介して伝達させられる。今、目の前で狩られるだけの存在だった獲物が、怪物に変化している。
「さぁ、見せてやるわ。私が一人じゃ何もできない弱い奴かどうか・・・じっくり確かめてや」
八神はやての魔力が爆発的に上昇、先ほどまでの劣勢が無かったかのように、膨れ上がる力の奔流が高町なのは頬を揺らす。
手にしていた十字杖をペンダントに戻し、八神はやてが跳ぶ。
何も持たない、素手のまま純白の凶獣に飛び掛った。
右手を強く握りしめ、全力で鉄拳を振るう。
高町なのはが右手で障壁を展開―――弾丸となった鉄拳が着撃。
浮遊感―――高町なのはの両脚が大地から引き抜かれ、ぶっ飛ばされる。

右手の障壁が薄氷のように砕かれた、それだけは視認できた。
「私の障壁を素手で砕いた!?」両脚に翼を生み出し空中で反転、衝撃を受け流す。
まるで信じられなかった。
得意の広域破壊魔術以外は並以下のはずだった八神はやての拳がどうしてあんな威力なのか、まったく理解できない。
どんなに訓練を積んだとしても、八神はやての魔術特性と適正ではあんな事ができる訳がないはず―――明らかにあのアメーバのように不気味に揺らめく魔方陣・・・らしきものが原因。

追撃。
八神はやても翼を広げ、高町なのはに肉薄する。
機を制されたまま、あっさりと近接戦闘距離まで侵入を許してしまった―――いつもならありえない失策。
八神はやての両手が濃紺の光を宿して閃く。
連撃・連撃・連撃、無呼吸で放たれる拳の弾丸が高町なのはのシールドに突き刺さる。
カートリッジの魔力を使用した強化防壁でどうにか防げるような打撃の乱舞。
しかし止まらない、八神はやての拳は一切勢いを失わずに、シールドごと高町なのはを後退させる。
堪らず高町なのはが追加術式を発動―――爆裂する防壁が八神はやてを吹き飛ばす。

ほんの僅かな時間で高町なのはの呼吸は乱れていた。
一度深く息を吸い込み、態勢を整える。
先ほどまで良い様に弄んでいた獲物が突然牙を剥いた。
八神はやてには接近戦、それも格闘攻撃などという攻め手があるなんて見たことも聞いたことも無い。ましてや高町なのはの防護壁を素手で粉砕するなど、最高クラスの拳闘士ですら困難な事だというのに、八神はやてはそれを実行してみせた。

「驚いたやろ?」
闇に浮かぶ紫の輝きが問いかけた。高町なのはは無言をもって肯定を返す。

「これが私の得た力、誰にも秘密の力。何でも出来る、どんなことでも実現できるように身に付けた力。一人であらゆる脅威を破り、大切なものを守るための力」
八神はやての脳裏に浮かぶのは4人の少女。
家族になれたはずの子供達、救えなかった笑顔、守れなかった約束。
「女の子が四人居たんよ。凄く可愛くて、私の事をお姉ちゃんって呼んで凄く慕ってくれた。本当に・・・本当に可愛くて家族になれるのが嬉しくて、心から楽しみにしてた。家族も増えてあの子達は過去の闇から抜け出して、幸せになれるはずだった。でも、私は最後の最後で助けられなかった。約束が守れなかった―――あの子達はずっと私を信じて待っていてくれたのに・・・」
自分の無力に血涙を流しながら後悔したあの日から、八神はやてが誰にも見られない場所で血反吐を吐いて手に入れた、人間の扱える範疇を大きく超えた力。
「だから、力が欲しかった。あらゆる全てを覆し得る、圧倒的な力が。どんな理不尽も不幸な運命も叩き潰せる力が!」
いつもの戦闘スタイルならば所持しているはずの魔術書も十字杖も持っていない。
胸元でペンダントとなった金十字が小さく揺れる。
「色々考えたり、試したりしたんよ。でもな、どうやってもなのはちゃんやフェイトちゃんみたいに単独での戦闘力を得ることは出来なかった。私の魔術特性や性質じゃあ、ミッド式でもベルカ式でも理想像にはとても届かなくてなぁ。悩んで悩んで・・・辿り着いたのは、『無ければ創れば良い』って事や」
八神はやてが右手をそっと目の高さへ差し出す。
「おいで」
小さな声で囁いた。途端に周囲の空間が揺らめく。
虚空に踊る紫に輝く魔術文字の群。八神はやての意思を孕ませた生物のように増殖する魔方陣―――それらが身悶えするかのように蠢いた。
魔方陣や術式文字、その中には見慣れた漢字なども混じる。それら混沌の群体が胎動を伴い、高町なのはの周辺にも触手のような先端部を伸ばし、侵蝕を開始する。まるで怪物の体内に居るかのような気味の悪さ。
「リィンを創る時には日本の神道術もかじったんよ。『式神』とかそういうのをな。いや、地球にも色んな魔法や術式があってなぁ・・・本当に勉強させてもらったわ」
高町なのはがカートリッジを射出。破裂音が響き薬莢が跳ねる。
自身が非常にまずい状況に居ることを理解、あらゆる攻撃に対処するべく全方位に対して警戒態勢。いつでも天井の大穴へ飛び込んで、地上へ戻れるよう踵を落とさずに身構える。
「私が理想としていたのは『何でもできる万能の魔術師』でな、それを実現させるために考えたのが混成魔術や・・・。夜天の書に記録した星の数にも匹敵する魔術を好きなように組み合わせる、そうすればどんな魔法でも創り出せるんや。ただ、作り上げたその魔術体系を行使するには莫大な魔力が必要になるんやけどな・・・それも私の魔力量なら問題は、無し」
闇が裂けた。
そこから出現したのは乱杭歯を生やした蛇頭の群れ。
四方八方、あらゆる場所から生え出す闇色の蛇が紅眼をちらつかせる。
数匹が八神はやての右手に絡みつき、愛おしそうに痣の残る頬を舐める。
「ふふ・・・長々と説明しとったけど、まぁ実際に体で感じたほうが理解できるやろ」
八神はやての右手が揺れる。
同時に地下世界に広がる全ての闇から、波濤の如き物量の蛇が高町なのはに飛び掛る。
応戦―――高町なのはの周囲に瞬間的に魔力弾が生まれる、その数580―――蛇の頭を次々に迎撃。静寂に包まれていたはずの地下世界が、戦火の嵐で激震する。
高町なのはは素早く急上昇、今や八神はやての支配領域となった地下世界から地上を目指して飛ぶ。しかし用意しておいた大量の魔力弾も圧倒的な物量の前にすぐさま消費、凄まじい数の漆黒の蛇が高町なのはを追いすがる。
まるで「蜘蛛の糸」のような光景。糸に縋り付く亡者を思わせる勢いで、闇の群体が吹き上がってきていた。
RHがカートリッジを排出。紫煙を引きながら、矛先が直下に向けられる。
高町なのはが全身を捻って、反転―――
「ディバイン・バスター!!」
赤い魔力光が吐き出され、蛇の群れを焼き散らす。
高町なのはにとっても最も使い慣れた砲撃魔術―――速射砲の如く連射、反動で高町なのはの体は一気に地上へと押し上げられ、穴底から飛び出すことに成功。
日の光で瞬間的に目が眩む。
だが、そんな悠長なことは言っていられない。未だ直下に居るはずの脅威を駆逐しなければ・・・。もはや相手はただの獲物ではない、負けたほうが食われる獣同士の闘争だ。
弾倉に残ったカートリッジを全て炸裂させる―――五発分の圧縮魔力が砲口に収束。発射速度を優先、威力を犠牲にして素早く解き放つ。
「吹き飛べぇ!!」
高町なのはの最大最高威力の収束砲、光をも砕く力が脱出してきた大穴へ放り込まれる。
戦艦を一撃で沈める直径10mもの超砲が地底に着撃―――手元に反動が返る―――同時に訪れる崩壊の瞬間。
大地が縮動、刹那の間をおいて膨大な量の構成材や土砂を巻き上げながら周辺一帯の地面が捲り上がって噴火した。半径数キロに及ぶ滅壊の嵐が吹き荒れ、廃棄都市が跡形も無い荒野と化す。
しかし、高町なのはの表情は苦々しい。
これほどの攻撃をしても、八神はやてを仕留めた手ごたえはまったく無かった。
地平線の果てまで届く激震が響く中、声が聞こえた。
「流石はなのはちゃん、私の大型魔法にも匹敵する破壊力や・・・」
どんな魔法で回避したのかも、どうやってそこに居るのかも分からない。八神はやての声は高町なのはの背後―――呼気が届く距離から聞こえた。
RHの先端部に刃を生成、全身を捻って回転。袈裟切りの灼刃を八神はやての顔面に叩きつける。
―――しかし刃の動きが振りきるよりも先に停止する。
鋼鉄をもバターのように切断する斬撃が、たった二本の指で受け止められていた。
「はははは!!さっきのお返し!!」
八神はやてが笑う。
憎たらしい嘲笑が高町なのはの耳朶を揺さぶり苛立たせた。
八神はやてがほんの少し、刃を掴む指に力を込めると「ぱきっ」と砂糖菓子のように軽い音を立てて魔力刃が圧し折られた。
「なのはちゃん・・・もっと、本気出してええんよ。さもないと、一方的に犯されるだけになっちゃうからなぁ!」
艶かしい表情を浮かべてから、折れた刃を口元に運び、濡れた舌で舐める。

高町なのはがRHを八神はやての眼前から引き抜き、大きく距離を取った。
それを悠然と眺める夜天の王。
戦闘開始直後の両者の立場がここで反転した。
高町なのはの脳裏をよぎるのは過去の戦闘記録。
十四歳にして数多の戦場を駆け抜けてきた。
自身よりも巨大な怪物、微細な妖精、意思を持たない機械、矜持を抱いた人造人間・・・ありとあらゆる敵対する者は生者も死者も分け隔てなく撃滅してきた。
それらの記憶を手繰り寄せるが、該当する者は居ない、こんな能力は見当たらないのだ。
つまり八神はやての異常なまでの戦力は、未知の領域に存在していた。
そして、今まで戦ってきた中でも最強の部類に属する・・・強敵。
頭の天辺から両手にまで伝わった痺れが、指先にいつまでも残留していた。高町なのはの心臓から危険信号が一心不乱に鳴り響く。
震える、震える。腸から髪の先まで、総身を高熱に犯されているようだった。
高町なのはの濡れた唇から声が漏れる。その表情は喜悦に満ちていた。
「はやてちゃん・・・イイよ。最高だよ・・・。かわいい、可愛いよ。
さっきはごめんね、弱いなんて言っちゃって。認めるよ、はやてちゃんは強い・・・。それも、私が今まで戦ってきた中でも飛び切りの・・・フェイトちゃんやヴィータちゃんと同じ、私を犯してくれる愛しい強敵!」
これ程の歓喜を感じるのは、数ヶ月ぶりだ。
アリシアをバラバラに砕いた時以来・・・フェイトの泣き顔を思い返すだけで、高町なのはの腹の奥が蕩けそうになる。
「私を犯して、潰して・・・私も精一杯、全力で壊してあげる、綺麗にしてあげる。沢山沢山ヴィータちゃんとお揃いにしてあげるよ、二人で私の玩具になってね。私が夜、寒くて怖くて寂しい時に慰めて欲しいの・・・」
高町なのはの両眼が宝石のように複雑怪奇な輝きを纏う―――白い悪魔の覚醒。
視線は斜めに傾いたまま、高町なのはが独り言のように何事か呟く。

命を賭した戦場でこそ生の実感を感じられる、歪んだ死生観―――高町なのはを狂わせた根源にして、魔法と同時に心に宿った腐毒。

鉄琴を叩いたような甲高い音が響く―――八神はやての周囲に出現する八つの妖光―――ステルス術式を施した魔力機雷。
「全力全開だよ!!ここから先は私も!死に物狂いではやてちゃんを犯してあげる!!」
唇を鋭く引き裂いた高町なのはの嬌声が響き、八つの爆発が音塊を生む。
爆炎が渦巻く空―――煙尾を引いて六枚の黒翼が飛翔する。
「上等や!!白い悪魔と夜天の主、どっちが強いのかきっちり決めたるわ!!」
八神はやてが右手を掲げる。
瞬きする間に、周囲に浮かんでいるコードの群体から、長大な銀槍が生成される―――その数八十三本。
「貫け!」
術者の命令に従い、放たれる銀閃―――万物全て、意識を保ったまま鉱物へと変貌させる石化の呪槍。
本来、呪文詠唱と術式制御に長時間を要するが、ミッド式砲撃魔術の発射プログラムを混成させた事で、必滅の威力を維持したままに瞬間的に弾幕を生み出す事に成功。焼煙を裂き、追尾の術式も付加された銀槍が眩い光を引きながら高町なのはに向かって飛んだ。

白い影が動く。
小さな体の周囲には迎撃用の魔力弾が防壁となって生成されていた。高町なのはのRHが横薙ぎに払われると、一斉に魔力弾が射出される。
交錯―――光と火炎の飛沫が飛び散る。
海中を進む魚群同士の衝突を思わせる、濃密にして苛烈な炎が大気を彩色。
高町なのはの魔力弾が迫りくる銀槍を次々に迎撃―――破裂四散した魔力の欠片が、焔を纏い地上へ落下していく。
結果としてほぼ相殺する事に成功、数発分回避を余儀なくされたが石化の槍は一本足りとて高町なのはには到達しなかった。
すかさず反撃を試みようとカートリッジをロードした―――瞬間だった。
八神はやてが余燼の中を突き破って現れた。
ロケット弾のような直角軌道で急速上昇―――高町なのはの足元から凄まじい速度で迫る。
その両手には、先ほど全て撃ち落したと思っていた石化の魔槍が突き出されるようにして握りこまれていた。

八神はやては六枚の翼を掲げ、溜め込まれた空気を全力で叩く―――水蒸気を噴出しながら巻き起こる破裂音。意識が追従しきれない超加速―――瞬時にして高町なのはの喉元が見える位置まで肉薄。
赤く染まった視界の中、その身を弾丸と化し、高町なのはの心臓めがけて石化の呪いが込められた穂先を突き出す。

―――シールド防御も間に合わない!
高町なのはの戦術である「撃って耐える」の弱点・・・「あらゆる全ての防御策を許さない超速度での接近、そこから放たれる一撃必殺の攻撃」を許してしまった。

それは・・・愛しき恋人であるフェイトの戦術―――高町なのはとフェイトの二人が拮抗する実力を保っていられる要素であり、各々の個性。二人が揃って協力している限りは完全にして完璧、管理局で勝てる者など存在しないと言われている所以。
戦闘を通して培った二人だけの絆―――そこに他人の臭いを擦り付けられたような不快感が、高町なのはの心中に苛立ちと共に込みあがる。
「うぉああぁ!!」
怒声。白い鬼が二本の髪束を逆立たせて咆えた。
天に向けられたままのRHから吐き出される魔力砲―――その衝撃で宙返りする―――天地が逆転した。
八神はやてが正確無比に突き込んだ槍先は、高町なのはの心臓ではなく両足の間を貫き、スカートを引き裂いた。切断面からバリアジャケットが徐々に灰色の鉱物に変容していくが、高町なのは自身は無傷のまま。
必中を確信していた八神はやてが驚愕の表情を浮かべた瞬間、硝煙塗れで焦げ臭いRHの先端部が鼻先に押し当てられた。栗色の髪を振り乱したまま、逆さまの姿勢で高町なのはが叫ぶ。
「フェイトちゃんの真似・・・しないでよ!!」
吐き出される豪砲。八神はやての頭部が跡形も無く消滅したかに見えた。
だが、頭部を失った肉体は―――紫の蝶となって虚空に舞い散る。
「幻影魔法!?どこに・・・・!!!」
高町なのはが探査魔法を展開―――全方位に意識の枝を伸ばす。
「幻とはちょっと違うなぁ。式神って聞いたこと無い?リィンを創った時にも応用したんやけど・・・ほとんど本物と区別ができないような擬体を作ったりもできるんよ」
声は地上から聞こえた。
八神はやてが十字杖を胸の高さで水平に構え、上空を見上げていた。
高町なのははRH先端部に魔力刃を形成―――石化の侵食がバリアジャケットから肉体へ及ぶ前に、変質したスカート前面部を切除。まだ肉付きの薄い太腿が曝け出される。
興奮と焦燥が攪拌された感覚に酔いながら、高町なのはは一つの疑問を口にする。
「なんで・・・なんで、はやてちゃんは、普段からその力を使わないの?それだけの力があれば、どんな相手だって一人ででも倒せるはずなのに・・・」
高町なのはの中で八神はやてのイメージは完全に一変していた。
いつもの戦闘スタイルがまるで嘘だと言わんばかりに・・・偽装しているのかと思うほどに、今の八神はやては強い。守護騎士の庇護などまるで必要としない、独立単体の戦闘力はまさに夜天の王の名に相応しいものだった。
足元と背面に広がる魔術文字の群れを揺らしながら、八神はやてが答える。
「管理局の下らないランク付けがあるやろ・・・。あんなもんのせいで、ただでさえ目を付けられてるのに、これ以上注目を集めるってのは上手くないから黙ってる・・・っていうのが建前やね。本音は・・・私の我侭」
八神はやてが懐から取り出す―――ヴィータがどんなことがあっても決死の想いで握り締めていた写真の欠片―――力の源。何よりも尊いものを慈しむように、そっと胸に当てる。
「本当は・・・みんなを見ていたいから。
私と一緒に居てくれる家族、私に困った事があったらどんな所にでも必ず駆けつけてくれる・・・私だけの騎士団、私だけの家族。
みんなが私を守ってくれる姿を見たいんよ。私が一人じゃ弱いから、みんなでそれを支えてくれる。家族みんなで戦うから八神家はどんな敵にも負けない。
それが見たいから・・・この力は家族の前では見せられない。一人でも平気って思われたくない・・・。とんでもなく身勝手な、私の我侭」
八神はやての歪みが漏れ出す。
普段は決して表に出さない、深い闇色に塗り潰された愛情。
「ヴィータが私の写真を握ってるのを見たときなんかは正直、全身が痺れるような快感だった。あんなに一生懸命頑張って、私のために傷ついて・・・。
あぁ、私の可愛い可愛い小さな騎士・・・。でもな、やっぱりヴィータを犯して良いのは私だけや、私だけのもの・・・他人の臭いなんか付けさせへん」
八神はやてが嬉々として喋り続ける。
高町なのはも地上へ降り、警戒態勢のまま耳を傾けた。
「実はな、守護騎士のみんなを夜天の書との結合システムから徐々に解放させてるんよ。なのはちゃん達との事件後から少しずつ、リンクが薄れていって、そう長くない間に騎士達は強制的な転生から解き放たれて、少なくとも不死の存在ではなくなり、限りなく人間に近い存在になる。
これは初代リインからの贈り物かもしれないけど、私の願いもきっと影響してる。
だって・・・みんなは、私だけの家族だから。
私が居なくなった後・・・私以外と家族になんて絶対にさせたくない・・・あの子達もそう願ってる・・・だから、私はあの子達に死を与えてあげるの。私と一緒に最後まで生きて、一緒に死ぬの。そうすれば、きっとどんな世界に行ってもまた一緒・・・ずっとずっと一緒。だって、家族だもん」
八神はやての口から笑みが零れる。どこか波長のおかしい、踊る声音。
「その事をみんなに打ち明けて・・・『私と一緒に死んで』って伝えた時・・・みんなは笑ってくれたんよ。だから・・・みんなを殺していいのは私だけ・・・みんなを犯して良いのは私だけ!!うふふ・・・あはは!!」
想像を超えていた。
普段はどんな時も明るく振舞って、笑顔を絶やさない八神はやての歪みがこれ程だとは思わなかった。
ここに来て、高町なのはは八神はやてに恐怖を抱いた。
「だからな!ヴィータを犯した上、あんな汚い落書きをして・・・私のヴィータを奪おうとしたなのはちゃんは絶対に許せない!!私と命の繋がっている、何よりも大切な家族を引き剥がそうとするなんて・・・相手がどんな奴でも許さない!!ゆるさない!ユルサナイ!!」
八神はやてが金色の十字杖を天に振り上げる。
同時に、大地を揺るがす轟音が高町なのはの膝を揺らしながら鳴り響く。
そして何かが日の光を遮り、大地に巨大な影を落とした。
高町なのはが八神はやてを見据えたまま言う。
「その力で刑務所の連中も始末したってこと?あの女の子達の敵討ちで・・・」
ぴくりと八神はやての眉尻が動く。
「へぇ・・・知ってたんか。そうや、私の家族になるはずだった娘達をいたぶりくさった、屑ども・・・一人残らずな。
よーく調べたらな、あの刑務所に入っておったのはみんな裏がある奴らだけやった。どいつこもこいつも管理局の重役の息子だとか、臭い息がかかった奴らばっかり・・・。そういう糞どもが悪さした時に、僅かな期間ちょっとした反省室として使われてるのがあの刑務所の正体だった。
そうそう、私がこの力を隠してる理由がもう一つあったわ。それは、同じ組織の連中と言えど、切り札を見せたくなかったから。いつでも隣に座ってる奴の首を跳ね飛ばせるようになぁ・・・。
ちょうどええわ。これから使う魔法がな、あいつらを跡形も残らず吹っ飛ばしてやったもんや。なのはちゃんにもたっぷり捻じ込んであげる!!」
八神はやての声が合図となって空を覆い尽くす、全長を見渡す事すら出来ない巨大な構造物が姿を現す。
廃棄都市に倒れていた、高さ5000mを超える超高層ビルの屍骸。戦前はこの星の繁栄を象徴していた管理局庁舎が、朽ちた外壁や砕けたガラス片をばら撒きながら大空に浮んでいた。
「集え、鉄よ!!剣神の力となり、怨敵を刻む刃となれ!」
周辺一帯で倒壊していた構造物が次々に浮き上がり、結着していく。空一面を覆う巨大な建造物から野獣の咆哮を思わせる軋音が放たれる。
鋼鉄とコンクリートで構成されたはずの超高層ビルは淫楽に身悶えるように蠢き、その形状を主の望む姿へと変えていった。
魔力で溶解、成形、精錬され、産み出されたのは人知を超えた、壮大恢弘なる神剣。
「いくでぇ、神道術式を組み合わせて剣神様の力を借りた『十拳の剣』や。刑務所の奴らなんか、建物ごとこいつで一発やった・・・。管理局もあの刑務所の事は秘匿扱いにしとるけど、そらそうやなぁ・・・。だって、あそこに残っているのは原因不明の大きな窪みやら、大地を割った谷底しかないんだもんなぁ!」
喜色満面の八神はやてが十字杖を振り上げる。
それに合わせて、豪剣が烈風を巻き起こしながら天に向けて屹立。
高町なのはが腕を腰に回す―――短くなったスカート背部から、円形の物体を取り出す。
本来は機銃に備え付けて使用する、大型ドラムマガジン―――常人には取り扱う事などできない、高町なのは専用装備。素早く通常弾倉を引き抜き、狂気の産物をRHに捻じ込む。カートリッジ装弾数1200発の表示―――早速一発目が破裂音と共に発動、焼けた薬莢を吐き出す。

高町なのはの準備が整ったのと同時、
「ぶっ潰れろぉ!!高町なのは!!!」
咆哮。
八神はやてが十字杖を上段に構え、一気に振り下ろす。
まったく同じ動作で、成層圏にまで達していた神剣の切っ先が空気摩擦で赤熱したまま、怒号と共に地上目掛けて叩き込まれる。
大気を裂き、雲海を割って隕石のような刃が降ってきた。
高町なのはは脚部の光翼に魔力を注ぎ、全速力で空へ飛び上がる。
眼前を通り過ぎる極大の刃を睨んだまま飛び退ると、大地が爆裂するのが見えた。
都市部から地平線の遥か先まで、軌道上に存在するあらゆる全てが悲鳴のような地籟をあげて割断された。
刃が大地にめり込み、土砂が空高く吹き上げられる―――まるでモーゼの十戒を思わせる、壮烈な光景。
「はは!・・・これじゃあ、はやてちゃんの方がよっぽど化け物じみてるよ!」
高町なのはが笑う。
こんなにも圧倒的な力で蹂躙されるのは初めてだった。
楽しかった、嫌な事も大切な事も全て忘れてしまうぐらいに―――どうしようもない喜びに震える戦闘狂の本質。
もう頭の中は戦う事しか考えられなくなっていた・・・それが、何よりも嬉しくて仕方が無い。命を削る戦いをしている時だけは何もかも忘れられる至福。その喜びを教えてくれた魔法の存在。
だが、魔法が与えたのは、それだけではない。
「私も、はやてちゃんもみんな、みんな狂ってる!私たちは、こうして魔法で殴り合いする事でしか本当の意味では話し合えない。どうしようもない化け物なんだよ!!」
ドラムマガジンのモーターが唸りをあげる―――鼓膜を破りかねない暴力的な爆裂音と共に数十発ものカートリッジが炸裂、薬莢が絶え間なく吐き出される。
八神はやてが腕を振る。
大地を割断したままの巨剣が獣声と共に再浮上―――狙いを定めるように刀身を高町なのはへ向ける。

「そうやな・・・きっと魔法に関わってしまってから、私達はどこかが、何かが、逸脱してしまったんや・・・。普通に中学生になって、高校生になって・・・大人になっていく道もあったかもしれん・・・。
でも、私は後悔なんてしてない。なのはちゃんも、そうやろ?」

「もちろん!魔法がなくっちゃ、どこにもいけない・・・フェイトちゃんとも会えなかった!今の私以外の未来なんていらない。『もしも』なんていらない!だから、私は精一杯頑張るの!!その邪魔をするなら、誰だって、潰してあげるの!!」

どうしようもなく、不器用で純粋な二人。
まるで似ていないようで、どこか似通っている二人。
刃を交える事でしか意思をぶつけ合うこともできない―――あまりにも未成熟で人間臭い魔法少女。
「なのはちゃん、大嫌いや!」
「はやてちゃんなんて、大嫌いなの!!」
二人の言葉が交わされる。
それは神域の力を用いた刃であり、自らの肉体を梳る砲撃。
地上3000mの高度から直突きを放つ、星をも穿つ神剣―――直下から放たれるのは魔力増幅環で出来た砲塔から放たれる極大魔力収束砲。

交錯―――消音―――烈光―――激震。

衝撃が高町なのはの臓腑を振撃―――堪えた足首が大地に沈む。
隕石の落下を迎撃する事と変わらない狂行。RHを握る腕が凄まじい反動で震えっぱなしになる、もはや落とさないようにするだけで精一杯だった。
砲撃の先端部は、神剣を溶解させていた―――同時に落下を食いとどめる光柱となって支えた。
足元のアスファルトを砕きながら、高町なのはが半身を捻って砲撃の角度を変える。刀身の横っ腹に砲撃が刺さる―――均衡を保っていた所に別ベクトルの力が加わり、神剣の落下軌道が変わった。
砲撃を停止、高町なのはが跳びだす。
支えを失った巨大な剣が斜角軌道で大地に突き刺さった。
掘削音の悲声を上げ、大地が出血するように土砂や岩石を吐き上げた。
天変地異。
大陸のプレート移動が目前で繰り広げられているような壮絶な光景を目にしながら高町なのはがドラム弾倉のカートリッジを引っ切り無しに連射。
RHの砲口を未だに沈下し続ける神剣に接触―――RHの衝角部分から盛大な光の粒が散る。
「エクセリオン・バスター!!」
零距離砲撃。
高町なのはの桜色の魔力砲が厚さ50mの剣の横っ腹に突き刺さった。
撃砕―――素材となった構造材を撒き散らしながら、大穴を穿たれた神の剣が中ほどで砕け折れた。
分かたれた剣の半分が重力に圧し掛かられ落下―――まるで古代の地上絵のような模様となる。斜めに突き刺さったままの刀身は、大地との交合部分からマグマが血液のように溢れ出ていた。
高町なのはが油断なく、RHにカートリッジを叩き込み続ける―――既に放たれているカートリッジ三百発分以上の超大な魔力を淀みなく制御し続けた。
周囲を探査―――厖大な魔力反応が自身の頭上に浮かんでいるのを察知。
素早く魔力弾を大量に生成。
「あはは!流石はなのはちゃんや!でもなぁ・・・これならどうや?」
高町なのはの上空100mから落とされた声。
八神はやてがまるで高町なのはの真似をするように魔力弾を大量に生成していた。
「私となのはちゃんじゃあ、単純に魔力量そのものが違うんよ。だから、なのはちゃんがどんなにカートリッジでドーピングしたって無駄や。こっちはもっとズルい事してるんやからな・・・。それを、分からせてあげる!」
八神はやてが生み出した漆黒の魔力弾の一つを、おはじきの要領で人差し指で弾いた。拳大の魔力弾が真っ直ぐに高町なのはへ向かう。迎撃するべく高町なのはが桜色の弾丸を発射。
激突―――小さな爆裂音―――しかし、広がるのは、膨大な墨色の烈光。
小さな魔力弾に圧縮されていた、局地戦用広域殲滅魔法がぶち撒けられた。球体状に広がる魔力の波動から逃れるために高町なのはが全速力で後退。
高町なのはの記憶が蘇る―――闇の書事件の際に対峙したリインフォースの用いた魔法。
あの時はフェイトも居てくれた―――だが今は居ない、居ない居ない居ない!
「はは!思い出したか。懐かしいやろ?普段、私一人の力で撃つんじゃあ、すっとろいし目立ち過ぎるんで使いづらい魔法やけどな、色んな魔法と組み合わせて使えばこんな風に改良できるんよ・・・。ほら、残りも全部あげるから・・・バラバラに砕けろ!!」
八神はやてが残った黒球二十発を全弾発射―――追尾魔法もついでに付与―――高町なのはの周囲を囲むようにして暴虐無比な魔力を開放―――攻城にも用いられる対要塞魔法がたった一人の少女を滅するためだけに、一都市を壊滅させるだけの火力を伴い、牙を剥いた。
高町なのはの姿が漆黒の魔力に飲み込まれた。闇の奔流が墨をぶち撒けたように広がる―――日本の首都が丸ごと飲み込まれる程の効果範囲。
巨大な闇色が泡沫に電荷を走らせながら、次第に収縮する。
大地にはまるで型抜きで剥ぎ取ったように、地表を刳り貫いた二十個の虚ろな黒点だけが残る。
大気圏外からも確認可能な程の星の傷跡。

「あはははぁぁあ!!気持ちええなぁ!!何の遠慮呵責も無く、ぶっ壊してかまわないなんて!!私も結構溜まってたんかもなぁ。だって、こんなに凄い力なんよ・・・。誰だって魔導士なら、自分の技術を思う存分使いたくなるやろ。ああ、なのはちゃん、ありがとうなぁ」
半ば勝利を確信した八神はやて―――反射的に十字杖を振り払う。
噴煙が立ち込める地上から放たれてきた、徹底抗戦の意思が込めた砲撃が彼方へと弾き飛ばされる。
「なのはちゃん、まだ・・・動けるんか・・・ふふ、流石は白い悪魔や・・・」
圧倒的有利な立場に居る八神はやての思料に混じる、不可解な恐怖。
現状の戦力差ではどう見ても高町なのはに勝ち目など無い、それでも高町なのはは諦めない、折れない、砕けない。
恐らくは五体を分かたれても、目玉一つ、髪の毛一本になってでも戦うだろう。

ふいに蘇る―――アリシアの姿―――彼女を改造した張本人である八神はやては、高町なのはにその幻を重ねる。
己の理想を叶える為に犠牲にした罪無き少女。
後悔などしないと決めていたはずなのに・・・昼間に出会ったフェイトの笑顔が八神はやての心奥、腐って腫れあがった部分を曝け出す。

意識が瞬息の間だけ思野に散った―――その僅かな隙で、地上から自らを弾丸と化した、高町なのはの特攻に気付くのが遅れた。
RH先端部に突撃用衝角を形成、羽ばたく巨大翼をもって超加速突撃を敢行。
バリアジャケットの大半を焼失した姿とは裏腹に、その両眼は生気と狂喜に溢れていた。
「褒めてあげるよ!はやてちゃん!!私にここまでさせるのは、はやてちゃんが初めてなの!!」
赤熱するRH切っ先で八神はやての胸部に狙い定めながら、高町なのはがドラム弾倉を引き抜いて投げ捨てる―――残弾表示はゼロを示していた。
回避するのも困難な間合い―――八神はやてが左手を突き出し、シールドを展開。
不定形の魔方陣を形成していた文字の群体が凝結。そのまま頑強な障壁と化す。
―――衝突!
八神はやての左腕に凄まじい反動が伝わり、全身を軋ませる。
『―――でも、抑え込んで―――捕らえた!絶好の間合いで!』
未だに圧力がかかったままの障壁に追加術式を施す。
「怨敵を阻む盾よ!大蛇の力を持って反転逆滅しろ!」
円形のシールドが歪み、八つの異形が喉を鳴らしながら醜悪な産声を上げた。。
シールドに込めた魔力にヤマタノオロチを降ろすという、無茶苦茶な召喚術。
薄闇色の障壁、向こう側にいるはずの高町なのはに、獰猛な牙がめり込むはず―――その音が聞こえない。
そこにあるのは、魔力の噴射を続けているRHだけ・・・。
「どこに!?」

「強くなるために、努力しているのは、はやてちゃんだけじゃないんだよ!!」
八神はやての頭上から聞こえる声―――そして突き出されているのは、RHの砲口。
紺色の魔力を迸らせながら、高町なのはが照準を八神はやての顔面に寸分違わず定める。
八神はやての左手は未だに突撃を続けるもう一本のRHを防ぐのに塞がっている。そして頭上からの砲撃に対応する障壁を右手で展開する猶予は与えられない。
「スターライト・ブレイカー!!」
カートリッジの残弾五百発分を込めた渾身の一撃が八神はやてを地上へと叩き落す。悲鳴すらも掻き消された八神はやてが群青色の光に喰われる―――天から落とされた光芒が大地に刺さり、半円形に広がる爆圧で蒼い焦熱地獄を生み出した。

高町なのはは先程とまったく立ち居地が逆になった状況で、空中に浮いたままになっていたもう一本のRHを手に取る。
片方は赤い宝玉を埋め込まれた従来の愛機。
そして片方に握られているのは青い宝玉を携え、ブルーのカラーリングを施された新造のRH。
「自分だけに秘密の技があると思ってちゃ・・・駄目なの。自分の持っている秘手の倍以上、敵も奥の手を持っていると思った方が良いんだよ。まぁ、実戦経験の浅いはやてちゃんには、分からないかもしれないけど」
両手に持ったRHから同時に排熱の蒸気が溢れ出す。

兵器開発局に秘密裏に造らせたRHの二号機。
高町なのはの超人的な魔力と破滅的な威力の魔法を最大限に活かす為に考え出された、デバイスの増加という単純明快な手法として開発された逸品。現存するRHとリンクする事で魔力の効率運用を行うと共に、戦闘中に同時展開できる魔術の種類が飛躍的に上昇。
常人ならば二つのデバイスを同時に、十全なポテンシャルで運用するなど、到底不可能である。しかし高町なのはの人智を超えた能力をもってすれば、それも可能となる。
高町なのはが両のRHにカートリッジを叩き込む。
二重奏となって聞こえる破裂音。RHには先程まで使っていた巨大なドラム弾倉ではなく、通常サイズよりやや大きい特殊サイズの弾倉が銜え込まれており、排莢された金属片はまるで榴弾のようなサイズだった。
「これで丁度、互角ぐらいかな?さぁ、続き・・・しよ?もっともっと犯してあげる!」
右手に持ったRHからは真紅の刃、左手に持ったRHからは瑠璃色の刃。
二本の槍を担いだ高町なのはが急降下―――八神はやての爆着地点に迫る。



***


遠くに見える魔法の輝き。
紫色の光芒と桜色の火焔。

崩れかけた教会の中、色褪せた白亜の壁に背を預けているヴィータの両眼が、吹き抜け状態の窓から遥か遠くへと意識を向けていた。
気を失う瞬間に感じられたのは間違いなく、愛しい主人である八神はやてのものだった。今は雲上の果てで、壮絶な魔力を放出しているのが感じられる。
意識を取り戻したヴィータの耳へ最初に飛び込んできたのは、遠く離れたここまで聞こえる、高町なのはと八神はやてが自らの肉体を刻んでいるかのような痛々しい咆哮だった。
全身の傷を軋ませながら、ゆっくりと起きる。
その掌には写真の破片と、自分の愛機である鉄槌のペンダントがあった。八神はやてが、置いて行ってくれた家族の絆であり、力の源泉。
「いかなくちゃ・・・はやて・・・。なのはも・・・あいつも、助けなくちゃ・・・」
腕と足になけなしの力を込め、どうにか立ち上がる事が出来た。
しかし、まるで超重量の鎖で捕らわれているかのように体が重かった。意識そのものを根こそぎ奪いかねない戒めの重圧が、全身に百足が這っているかのようにへばり付いていた。強圧な拘束力は高町なのはに刻まれた刺青から発されており、今もなお妖光を放ち続けて、ヴィータの肉体を縛っていた。
八神はやての解術で洗脳状態から脱したものの、肉体に直接抉り込まれた魔術文字の効果は健在。未だに身体の自由が利かなかった。
ふらふらと、八神はやてから掛けてもらった制服の上着を羽織り、出口を目指して歩く。ここで止まっている訳には行かなかった。
「はやて・・・はやて・・・駄目だよ、あいつと戦っても・・・。くそ、何でこんな事になってるんだよ。どうして、なのはがあんなになるまで放っておいちまったんだよ、何で気付いてやれなかったんだよ・・・」
後悔の念が沸々と湧き上がった。
高町なのはの近くに居た一人として、あんな風になるまで放っておいてしまった自分の無力が情けなかった。結果として、大切な主人である八神はやてすらも巻き込んで血戦が繰り広げられてしまっているという惨状。
自分がもっと上手く立ち回っていたら、主人が悪事に手を染める前に止められたかもしれない。高町なのはがあんな風に孤独の箱に閉じこもって、壊れてしまう事も無かったかもしれない。
だが、全ては手遅れだった。

それなら、今自分に出来るだけの事をやるまでだ。
何時いかなる時でも、そこで出来うる最善の方法を取る。決して諦めない・・・これは、高町なのはから学んだ。
「二人の所に行って、目が覚めるまで頭を引っ叩いてやる。腐った頭の中身を全部、あたしが消し飛ばして・・・みんな綺麗に片付けるんだ」

裸足のまま歩くヴィータの足裏に鋭い痛みが走った。砕けたガラス片で切られた傷口から出血が零れる。構わず歩を進めようとしたヴィータが、僅かだが右足に絡みつく呪縛から解放された事に気付く。
「あぁ・・・そういう事か・・・」
ヴィータは足元に転がっているガラス片を拾い上げ、歪な刃となる断面を自らの薄い胸板に押し当てる。
「案外、単純だな。なのはの性格そのまんまだよ。ようは、描かれた物を上書きしちまえば良いんだろう。散々に痛めつけられた後だからな、こんなのはもう・・・なんて事ない!」
意を決した表情を浮かべる。
一息を吸い込んだ後、胸骨にそって両手で握り締んだガラス片を、一直線に臍まで掻き下ろした。
凄惨な痛音と共に引き千切られた皮肌と柔肉が押し広げられ、真っ赤な火線となって高町なのはの刻み付けた魔術文字を崩した。
腹の底から押し上げられてくる絶叫―――奥歯を噛み締めてどうにか押さえ込む。
まだ、まだ・・・もっと壊さないと、この呪縛から脱せない。
全身の至る所に刻まれた高町なのはの呪言は未だにヴィータを離さない。先程の一振りで体の中心部分を縛っていた重苦しさからは抜けられたが、未だに肉体の大部分が呪詛に侵されている。
激痛を堪えたまま、今度は左上腕部にガラス片を押し当てると、僅かに口を広げ自嘲気味に笑う。
「はやて・・・なのは・・・。あたしが行くまで、待ってろよ」
息を殺し、ヴィータは自身の体を刻み続けた。
悲鳴は一切聞こえる事無く、肉を破る裂音だけが周囲に木霊し続けていた。


***



遠雷のような地響き―――噴き上がる業火の柱。
地形を変える程の砲撃で抉られた、巨大なすり鉢状の穴底。
傷だらけの八神はやてが立ち上がる。
バリアジャケットの上着部分は蒸発―――薄く、儚げな肩が激しい呼吸で上下に揺さぶられていた。

深刻なダメージを受けた事を知らせようと、全身が悲鳴を上げていた。
まったく何の防御も無く受けた訳ではなかった、常時展開する防護術式が屈強な防御力を与えてくれている―――が、高町なのはの砲撃はその最終防壁すらも撃ち抜いて来た。
障壁破砕能力が付与されている、とは聞いた事があるが改めて自分自身で喰らってみるととんでもなく反則的な技だ。あんなもの防御しようとする事自体が間違えていた。避けるか、迎撃する他無いだろう。

焼けた大地から足裏に灼熱が伝わる中、すり鉢の穴底から発とうと、翼を広げた瞬間―――落ちてきた。
螺旋回転で髪を振り乱しながら、高町なのはが爛々と輝く二槍を両手で振りかざす。
背筋を反らして、刃を下に向け、裂帛の気合で突きこまれる赤と青の刃―――八神はやてが飛翔するための力を真横に開放して避ける。
八神はやての影を縫うようにして、二本の槍が焦土に突き刺さった。
着撃時の痺れが両肩を通して全身に伝わるのを感じながら、高町なのはが口を開く。
「ねぇ、はやてちゃん・・・覚えてるかな?私が、アリシアちゃんと戦った時の事。すっごく楽しかったの・・・色んな魔法も試せたしね」
左腕で掴んでいた赤色オリジナルのRHを大地から引き抜く―――土くれを撒き散らしながら現れたRH、その宝玉が真紅の光で周囲を塗り潰す。
「小さな体を一生懸命に振り乱したアリシアちゃんが・・・すっごく良い声で鳴いてくれてたの。だからね、同じモノをはやてちゃんとやり始めてからずっと準備はしてたんだよ。そしてこのクレーターの中は、私の魔力が細かい粒子になって、いっぱい空気中に漂ってる。もう、はやてちゃん・・・沢山吸い込んでくれたみたいだし・・・今も、そんなに息を荒くして飲み込んでくれてるんだもん。きっと、凄く良い声で鳴いてくれるよね」
八神はやては知っている。アリシアとの戦いで見せた、高町なのはの現有する最悪の虐殺魔法。
魔力弾を感知不能な程の極小サイズに圧縮生成、大気中に散布し敵対象に呼吸と共に魔力弾を吸い込ませる。そして体内に入り込んだ魔力弾は高町なのはの指令一つで活性化、敵を体内から食い破る兵器となる。高町なのはの類稀な天才性と桁外れの狂気が生み出した最小にして最悪の対人用魔術。
そして高町なのはが準備は出来た、と言うからには己の体内には、肉体を内側から破壊する蟲達が寄生しているのだろう。

高町なのはがRHを頭上に掲げる―――暴力的な血色が光を散らし、呟かれる言葉。
「アクセルシューター・マイクロスナイプ」
発動―――高町なのはの意思が空間を侵食―――クレーター内部に限らず、半径一キロに及ぶ範囲で紅色の輝きが霧のように広がる。
高町なのはが蜘蛛の腕を思わせる動きで五指を蠢かす―――八神はやての腹部に溜まった力を開放。
「さぁ!はやてちゃん、可愛い声で鳴いてね!遠くにいるヴィータちゃんが起きちゃうぐらい大きな声で!好きなだけ悲鳴をぶち撒けて、吐き出して!私が全部全部・・・飲み込んであげる!」
高町なのはの歪んだ唇から牙が覗く―――八神はやての悲鳴を存分に飲み込むために開いた顎門。痛撃に震える悲声が高町なのはの喉を潤し、胃袋に落ちるはず―――だった。

高町なのはは見た。
腹の中を掻き回され悶絶しているはずの八神はやてが、余裕の嗤いを浮かべたままに宙を奔り飛んできた。
半身を引き絞った八神はやての鉄拳が、呆然と口を開いたままだった高町なのはの横っ面へ突き刺さる。
顎を砕く破砕音―――視界が刹那の間だけ遮断。受身も取れないまま、クレーターの斜面に顔面を打ち付けられながら数回跳ね飛び、ようやく停止。

複雑な操作を要求されるマイクロスナイプ―――その間は他の魔法は一切使用できない・・・しかし、絶対必中にして必殺の技だけに、そんな弱点は心配ないはず・・・。その油断が招いたのは形勢逆転ともなる、鉄拳の一撃。何一つ防御手段をとる事無く、八神はやて渾身の一撃を受けてしまった。常時展開型の最終防壁で、頭部をバラバラに砕かられるのが防げただけでも運が良かったのだろう。

「驚いたやろ?まさかあの魔法が効かないなんて思わんよなぁ・・・。でもな、一度見た技をそのまんま喰らうような真似はしないんよ。準備が出来てたのは、こっちも同じ・・・」
八神はやてが、クレーターの中心地から動かずに言った。
「AMF(アンチ・マギリンク・フィールド)・・・聞いた事あるやろ?最近そこらに出現している正体不明の攻撃ポッドみたいなアレや。ガジェット何とか・・・って名前でみんな呼んでるらしいけどな。そいつの内部に仕込んであるのがAMF・・・魔力結合を断ち切る事によって魔法の効果を減衰ないし、無効化させるっていう代物や」
八神はやてが胸元から小さな輝きを取り出す。四つの花を象った金色の髪飾り、それぞれの花には紫陽花色の宝石が埋め込まれていた。
ジュエルシード。
高町なのはの脳裏にフェイトと競って集めたロストロギアの姿が思い出される―――フェイトとの大切な思い出。
「あの出来損ないのロボットじゃ、せいぜい周囲の魔力を減衰するっていうだけの効果しか無い。でもな、私が使えば・・・もう少し違う使い方が出来る。今みたいに、なのはちゃんの魔力だけを無効化させたりな・・・。これ、見た事あるやろ?フェイトちゃんと二人で集めたっていうジュエルシード、幾つかコッソリ使わせてもらってるよ」
八神はやてが取り出した髪飾りを前髪に付ける。
「まぁ、実際はまだ試験段階やからな。なのはちゃんの魔法・・・その中でも威力の弱いモノを無効化させるのがせいぜいなんやけどね。でも、さっきみたいな粒子状にまで細かくした程度の魔力弾なら十分に無効化させられる。だから、あの技はもう効かんよ。アリシアちゃんに感謝するわ、いくらなんでもあんなの初見で喰らったら、間違いなく一発で終わりやもん」
八神はやてがその手に持っている十字杖を振り上げると、その先端部の刃が魔力を帯びて鋭く伸びる―――刃渡り五十センチを超える大槍。
「飛べ」
八神はやての声に従い、金色の輝きが尾を引きながら飛んで、刺さる。
「がっ・・・ぁあ」
槍刃が短く苦悶の声をあげる高町なのはの腹部を貫き、焦土に縫いつけた。
「ここらで終りにしようや。もうそろそろ、夕飯の時間なんよ。みんなが待ってる・・・私達が帰らないと、いつまで経っても家の中が明るくならない。だから、なぁ・・・もう、死んでや・・・なのはちゃん」
八神はやて両腕を左右に広げる。
両手の中から魔術文字が溶けた粘液となってドロドロと垂れ落ちる。ヘドロのようなそれは八神はやての掌から止まる事無く溢れ続け、溜まった汚泥がクレーターの底を満たす。八神はやて自身の足首まで浸かった所で粘液が膨れ上がり、形状変化―――象っていくのは、犬。
真っ黒な毛並みを揃えた魁偉、巨大な顎を全開に広げて大地を鳴動させる咆哮を上げると、磔状態の高町なのはに向かって飛び跳ねながら突進。高町なのはの小さな体を一口で食い破るようにして、大口を開ける。
「野良犬に食われろ。いくらなのはちゃんでも、ばらばらにされて、化物の腹の中に入っちゃえば何もできんやろ?悪党にはうってつけの最低な最―――」
八神はやての言葉詰まる。

代わりに吐き出されたのは、赤黒い血塊。
膝を落として、激しく喀血する八神はやて。

高町なのはの眼前まで迫っていた巨大な犬の顎が元のヘドロ状態に戻って溶解していく。その爛れた腐肉を浴びた高町なのはの口元が笑みに歪む―――全身を八神はやての血で染められたかのような最高の気分。

―――限界?・・・こんなところで・・・。もう少し、なのに・・・。
両手を血溜まりに着いて、腹の底から湧き上がる焼けた血液を咳と共に吐き出し続ける。
千変万化の力を得られるオリジナルの魔術系統。複数の魔術を混成する事であらゆる奇跡を実現させる無敵の切り札だが、その弱点は時間制限。いかに天才魔導士である八神はやてとは言え、莫大な量の魔術を常時展開し続けるのと同程度の負荷にはいつまでも耐えられない。圧倒的な力を得られるのは僅かな時間だけ・・・。
だからこそ、八神はやては最初から全開の力で攻め続けた。
しかし、活動限界。
無限の魔術を操れても、無限の活動時間までは得られなかった。それが人としての限界。人間を辞めてしまえばその問題も解決できる、そんな手法も確かにあったが、八神はやては人間である事に拘った。
精一杯生きて、家族と一緒に死を迎える。永遠という鎖に捕われていた家族に人間らしい、死という安息を与えてやるのが自分の使命だから・・・。

高町なのはが腹に刺さっていた槍を引き抜く。ねっとりと赤い糸を引いて、異物が摘出された。夥しい出血―――包帯代わりにスカート部分を引き裂いて腹に巻きつけると、見る見るうちに赤い染みが広がった。

深呼吸。
一度、肺腑の奥まで中身を空にして、新しく吸い込んだ新鮮な空気で胸を満たす。数度繰り返すうちに、痛みが徐々に治まっていく。高町なのはが、クレーターの斜面をゆっくり降りる。
途中、殴られた際に落としてしまっていた赤いRHと、大地に突き刺したままだった青いRHを手に取る。
二本の兇器を両手で引き摺りながら八神はやての下へ赴く。凄烈な笑みを満面に浮かべ、『欣欣(きんきん)』という金属音を引き摺りながら一歩ずつ確実に近づいていく。

両手をついてしゃがみこんだ八神はやての傍らまで寄ると、水音と共に足裏へ赤黒い血液がへばり付く。高町なのははその青白くなった顔面を容赦なく蹴り上げた。
八神はやてが乱暴な放物線を描いて中空に吹っ飛ばされる

仰向けになって手足を放り出した状態になっても、喉奥の震えは止まらない。
鼻腔を塞ぐ、すえた血の臭い。胸元は見る間に赤黒く汚れていき、顔面は血液と泥に塗れた無様な姿。
手足どころか指先の感覚も消失。八神はやては肉体の中枢から末端に至るまで、その全てから発される痛みで脳を焼き尽くされていた。

「あは・・・ふぅ・・・はやてちゃん・・・もう、終わり?動けない?じゃあ、好きにしても良いよね。どうしようか、何処からバラバラにする?指・・・にしようか?その手がなくなれば、私を殴ったりも出来ないでしょ?」
鋭い音と共にRHの先端部に光刃が伸びる。
残像を残して、振り上げられる―――真下には、八神はやての右手。

霞掛かった視界の中、高町なのはの醜悪な哂いが目に映る。
いつもなら、家族が助けに来てくれる。自分がこんな窮地に立たされた時は必ず助けに来てくれる。
でも、今回は来ない。家族に秘密の隠し事をしていたから・・・家族を裏切っていたから・・・今から始まるのはきっとその罰だ。
結局、自分は何も得られないまま終わるのか。

―――フェイトちゃんに謝りたいな。
アリシアちゃんの事、全部話して、謝りたかったな。
スミレ、ユリ、カエデ、サクラ・・・あの子達は今の私を見て、どう思うのだろう。向こうで会えたら許してくれるのだろうか。
お姉ちゃん、頑張ったけど・・・どこで間違えたのかな?
「はやてちゃん、少しずつ刻んであげるからね。ヴィータちゃんの前でも・・・ゆっくり、ゆっくり・・・時間をかけて・・・楽しませてね。二人とも、私とフェイトちゃんが一緒になっても連れて行ってあげる。ペットとしてね♪だから・・・変なことしないように、悪さをするその手を去勢してあげる」
振り下ろされる刃―――八神はやてが目を瞑った。
奥歯を噛み締めて痛みに備える。せめて悲鳴など一つも上げないで耐えてやろうという、最後の抵抗。

落ちる刃―――大地に突き立てられた衝撃音。
固く閉じていた瞼をそっと開く。そこに見えたのは、繋がったままの右手と―――見慣れた小さな背中だった。
赤いドレス、兎のぬいぐるみ。その手に握られているのは、白銀の鉄鎚。
「ヴィータ・・・ヴィータ!!」
八神はやてが血の臭いが残る口を開き、愛しき従者の名前を口にすると、頼もしい背中が答える。
「はやて・・・直ぐに助けてあげるから、ちょっとだけ待ってて・・・ね!」
ヴィータが軌道を逸らし、押さえ付けていた高町なのはのRHを蹴り飛ばし、バランスを崩させる―――蹴りの勢いをそのままにして、一回転。カートリッヂが炸裂、刹那の間にハンマー部分に金色の牙とノズルが生まれる。
「ぶっ飛べぇ!!」
爆裂音を伴い推進剤が噴射される―――高町なのはが咄嗟に展開したシールドに真正面から直撃。
猛烈な掘削音と飛び散る火花が明滅する中、高町なのはの声がヴィータに届く。
「ヴィータちゃん・・・どうして?私の刺青は、そんなに簡単に解けるものじゃないはずだよ?私が許可しない限り、身動き一つ満足に取れないはずなのに・・・」
ヴィータが、烈火の向こう側を睨みながら叫ぶ。
「お前の汚い落書きなんて滅茶苦茶にして消してやった!油断して、私を放っておいたのがお前の失敗なんだよ!!」
ヴィータが鉄鎚に一層力を込める。その瞬間、バリアジャケットの胸元から僅かに見えたのは―――肉を抉り尽くした胸部。
「そんな・・・!私の魔法陣を消すために、自分の肉体を刻んだの!?そんな無理矢理に解除するなんて・・・!」
「はやてと・・・お前を、ぶん殴って、正気に戻すために・・・めちゃくちゃ痛いの、我慢してきたんだよ!!」
追加でカートリッヂが二発撃ち込まれる―――ノズルから噴出する火焔が背後の八神はやてに掛からないように気をつけながら振るうと、高町なのはのシールドに亀裂が広がった。
砕け始めたシールドを挟んで、高町なのはの口が大きく開く―――どこか寂しげな嗤い声。
「私も?私も殴ってくれるの?あはは!出来るのならやってみてよ!」
シールドの輝きが砕ける寸前、急速に増す。
「今は、引いてあげる・・・はやてちゃんと、追ってきなよ。二人ともまとめて、可愛がってあげる」
爆裂―――シールドが閃光を放つ。
ヴィータは咄嗟に背後の八神はやても包み込む障壁を展開。

爆風が収まると、高町なのはの姿は消えていた。
先程までの騒ぎが嘘だったように、再び荒涼とした無人の惑星らしい静けさが戻る。
ヴィータが仰向けに倒れたままの八神はやての傍らまで駆け寄り、そっと頭を膝枕に乗せてやる。
「はやて・・・どうしてこんな・・・。ボロボロになって・・・こんなの、普通じゃない。肉体の内側から壊れてるなんて・・・」
八神はやての深刻なダメージは外傷ではなく、肉体の内側からズタズタに引き裂かれている事に因るものだった。それは明らかに高町なのはから受けた攻撃以外による損傷。出血はようやく収まってきたが未だに手足の痺れは抜けず、まともに身動きできない。
「ヴィータこそ、無茶しすぎ・・・」
八神はやてが震える腕を持ち上げて、血塗れになったヴィータの頬を撫でる。
ヴィータの立っていた場所にも、今こうして膝枕で抱かれている間に、ゆらゆらと少しずつ広がる赤い水面は二人分の血液が混じり合い、乾いた大地に染みを広げていった。
八神はやてがヴィータの肩と、十字杖を支えにして立ち上がる。足元はまだふら付いているものの、意識ははっきりとしてきた。傍らに立つヴィータが八神はやての正面に立ち、その視線が真っ直ぐ向けられる。
八神はやてが改めて礼を言おうとする前に、ヴィータが口を開く。
「はやて・・・はやての・・・」
静かに響くのは―――怒りの感情。
ヴィータの右腕が引き絞られ、握った拳が軋む。
赤い三つ編みが弧を描き、小さな右足が大地を踏みしめた。
「馬鹿野郎!!」
視界が歪む撃音。
身長差をものともしないヴィータの拳が八神はやての左頬に突き刺さった。
両足が宙に浮きあがり、強烈な壊音を轟かせながら殴り飛ばされる。手にしていた十字杖が遠くに投げ出され、全身を地面に擦り付けるようにして地面を転がる。十字杖が虚しい金属音を響かせて落下し―――八神はやては仰向けになった状態で停止した。
視界一杯に雲の無い、死灰に覆われ続ける橙色の空が広がる。
「どうして・・・どうして!!あんな事したんだよ!フェイトが・・・どんだけ泣いたと思ってるんだよ!」
ヴィータが双眸を怒りに染めたまま、仰向けで倒れた八神はやての体に跨って馬乗りになる。
意識がはっきりとしない八神はやての襟を掴んで上半身を持ち上げると、ヴィータが叫怒を叩きつける。
「無茶するのはまだ良いよ・・・はやてが家族のために頑張ってくれてる気持ちは嬉しい。管理局の悪い奴らを脅したりしてるのだって、私なら『ざまぁみろっ』て思うさ。でも、仲間を・・・友達を裏切るのだけは絶対に許せない!」
ヴィータの怒号が八神はやての耳朶を揺さぶり、虚脱した心を刺し貫いた。
そして、温かい雫が八神はやての頬に、額にポロポロと落ちてきた。ヴィータの声が憤怒の赤から悲憤の青に変わる。
「なんで、そんな酷い事したんだよ・・・はやてぇ・・・そんな事しちゃ、だめだろぉ・・・」
ヴィータが喉を震わせながら、まっすぐに八神はやての両眼を見ながら言う。その瞳からは止め処なく溢れる涙が湧き上がる。
しゃくりあげて泣き声をあげるヴィータを見上げる八神はやて。
例え様もない罪悪感が心中に大嵐となって渦巻いた。

八神はやてはここに到って、己の行いが何を奪ったのかヴィータの涙を見てようやく気付いた。それは、今まで意識的に考えないようにしていた事でもある。
自分がフェイトの家族を奪ったのだ。
取り返しの付かない事をした・・・してしまった。

「あ、あぁ!!ご・・・ごめんな・・・さい。ごめんなさい・・・ごめんなさい!!」
言葉と共に、長い間隠して目を塞いでいた感情が一気に溢れた。
フェイトに対して行った愚行が、いかに非道な事だったのか。家族を奪われる痛みを知っているはずの自分がそれを実行したという罪は、地獄に落ちるぐらいでは償いきれない程に重く深い。
「みんなが、幸せになれるように・・・今までの分まで沢山幸せに出来るようにって、そのためなら他には何も要らないって・・・自分に言い聞かせて・・・頑張ってきたけど、私は間違ってるって・・・分かってたのに・・・分かってたのに、私・・・フェイトちゃんに・・・!」
「そんな事して、私達が喜ぶ訳無いだろ!はやてだって分かってるはずなのに!うぅん、はやては本当は復讐したかったんでしょ?スミレ、ユリ、カエデ、サクラ・・・あの子達の仇をとりたかったんでしょ?そのために、大切なフェイトの家族を奪ったんだよ!そんなの、あの子達をあんな目にあわせた管理局の奴らと同じことじゃないかよ!!」
分かってた・・・全部、分かっていた。
だから目を瞑って、耳を塞いで、考えないようにしていた。
「今のはやてを見たら、あの子達はどれだけ悲しい思いをするのか・・・ちゃんと考えたの!?自分の身勝手な思惑だけを優先させて・・・はやてはあの子達をも裏切った事に気付いてないのかよ!」
気付いてた。
だから・・・毎日苦しかった。
自分の手駒として改造したアリシアがフェイトの目の前で死んだのを見て、自分はもう戻れない道に来てしまったんだと思った。
覚悟は出来ているんだと、自分に言い聞かせてた。
それでも、あの日以来フェイトに出会う度、罪悪感に苛まれた。いつか全てが終わった時、フェイトになら裁かれて良いとも思っていた。
しかし、こうして・・・自分がヴィータをなのはに奪われて、家族の喪失という危機に見舞われた時、それがいかに身勝手な言い訳でしかないのかを思い知った。
自分は間違えていたのだ。それを理解した上で・・・今までこうしてやってきた。
最低だ・・・。
自分がやってきた事は友達を裏切り、家族を穢し、死した少女達の魂や想いすらも貶めたのだ。
全部、分かって・・・いた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・ごめんなさい、ごめんなさい」
小さな声で非慟と共に溢れる謝罪の言葉。何度も何度も繰り返し呟く。
両手で顔を覆い、泣き腫らす八神はやてを見下ろしていたヴィータが、己の瞳からも落ちる涙を拭いもせずに優しい声色で告げる。

「はやて・・・全部、分かっててやったんだね。間違えてるって分かってて、それでも・・・」
ヴィータの小さな手が掴んでいた襟を放して、八神はやての背中に回り、そっと抱き寄せる。
「もっと早く、気付いてあげられなくてごめんね。はやても苦しかったんだよね?こうして、誰かに止めてもらいたかったんでしょ?もう・・・良いんだよ、これで終りにしよう」
少し名残惜しそうに絡めていた腕を解くと、ヴィータが立ち上がった。
温もりが消えた事に吊られて、八神はやても身を起こす。
「ヴィータ・・・どこに・・・」
「なのはを助けに行く。あいつも止めてあげないと・・・」
ヴィータは振り向かずに言った。
スカートから僅かに見える足首には垂れ落ちる血液が幾筋もの線を引いている。手先も同様、真っ赤に濡れている。八神はやてにも劣らない重傷であり、それらは全て八神はやてを助けるためにヴィータが自傷行為に及んだ結果でもある。
「無理だよ・・・そんな、ヴィータだってボロボロなんだよ!それに、今のなのはちゃんはもう普通じゃない!何もかも、後先の事を考えてない!きっと、ここまでしたからには、フェイトちゃんを手に入れるためにこれから何かをしようとしてる・・・とても、どうにかできる相手じゃない・・・」
八神はやては全身の軋みを堪えてどうにか立ち上がる。
あらゆる全ての力を出し切っても尚、高町なのはを撃滅するに至らなかった・・・今の高町なのははこれまでの狂気を原動力にした強さとはまた別種の・・・後ろを顧みない、捨て身の強さが感じられた。
高町なのはの凶眼が脳裏に蘇ると背筋が震える。
正直、もう二度とやり合いたくなかった。
そんな相手に、手負いのヴィータを向かわせる?
「はやては黙ってそこに居れば良いよ」
どこか憐憫の混じった冷たい声。
「私が、どんな事をしてでもなのはを正気に戻して助ける。そして、フェイトの前まで引き摺って行って、謝らせてやる。なのはがあんな風になったのだって、はやてが原因の一つなんでしょ?はやてがもう無理だって言うなら、私がその責任を取ってくる」
ヴィータは振り返らずに空の果てから感じる、白い悪魔の鼓動に対して進み始める。
その足取りは不安定で余りにも弱々しく、普段の快活なものとは程遠い。しかし、目指すべき方向へと真っ直ぐに向かう。

「ま、待って!ヴィータ!!もう、いいよ!私はもうなのはちゃんとは関わらない!フェイトちゃんにも謝る!今までの悪事だって全部償うから・・・だから、もうやめて!あんな化物の前にもう一度出たら、絶対に帰ってこられないよ・・・。お願いだから、私を・・・私を一人にしないで!」
必死の懇願。
ヴィータが振り返る―――悲笑。
「はやて・・・駄目・・・だよ。それは、私の主人である八神はやてからの命令だとしても聞けない。だって、なのはは友達だもん。私にとって、永遠無限の呪縛から解かれて初めて出来た友達なんだよ。はやての事は何より大切だし、家族だって大切・・・。でもね、友達や仲間も大切なんだよ。そんな喜びを教えてくれたのは、なのはとフェイトの二人。はやてだって、そうでしょ?はやての事を想ってくれてるのは、私達家族だけじゃないって、気付いてるんでしょ?私達は沢山幸せを手に入れられたよ、それと同時に守らなくちゃいけないものだって増えたんだ。だから、私は行くよ。なのはは・・・私の親友だから」

薄れ掛けていた記憶が蘇る。
まだ車椅子で小学校に通っていた頃、なのはやフェイトがどれだけ自分に優しくしてくれたか。友達付き合いも初めてで少し戸惑っていた私をアリサやすずかが協力して、クラスのみんなに紹介してくれた事。
それまで孤独な生活を送り続けていたが、幸いにも家族を持つ事が出来た。そして、続いて友達が出来たのだった。その時の喜びは、忘れられない。
「あ・・・あぁ―――わたし、私・・・あんなに、優しくしてくれた、なのはちゃんとフェイトちゃんに・・・私!!わたし・・・あ・・・あ、あああああぁぁあ!!」
自分が何を捨てたのか・・・思い知った。
『はやてちゃん、大好きだよ。ずっと一緒にいようね』
『私も・・・ずっと一緒・・・』
小学生の時には見えていた、なのはとフェイトの笑顔が心を抉る。
耐え難い痛みに蝕まれた八神はやてが、心の奥底から絶叫する。
頭を抱えて叫ぶ。自己嫌悪の感情で押し潰れそうな意識を声にならない呻きとして喉から搾り出し続ける。
「はやて・・・」
ヴィータが、いつの間にか八神はやての傍らに戻っていた。
肺腑の空気を全て吐き出し、それでも尚叫ぼうとする八神はやてをヴィータがそっと抱きしめた。
「はやて・・・ねぇ、私達は幸せになれる。もっともっと・・・きっとあの子達も天国からはやてを見てるよ、だからそんな悲しい顔しないで。はやては永遠という呪縛に捕われていた私達に命をくれた。凄く、嬉しい―――私達は、はやてとずっと一緒、死んでも一緒。きっと天国に行ったらあの子達も待ってくれてる。あっちでも私達はずっと一緒の家族になろう」
泣きじゃくる八神はやての背中をさすりながら、ヴィータが続ける。
「あの子達が心配しないように、私達は笑っていようよ。友達ももっともっと沢山作ろう。きっとまだまだ私達は大切なものを増やしていけるよ、その度に幸せになれるよ。
だから・・・ねぇ、はやて・・・なのはを助けよう。はやてが出来る贖罪は、なのはと一緒にフェイトの所に行って謝る事だよ。フェイトがその時、どんな反応をするのか分からない・・・それでも、謝るんだ。はやては、自分のした事の責任を取らなくちゃいけないんだ。それだけ、酷い事をしたんだから」
「こんな私でも、許してくれるかな?」
「フェイトにこっ酷くぶん殴られるかもしれないけど、その時は私も一緒に付き合うよ・・・。だから、手伝ってくれる?」

瞼を赤く腫らした八神はやてが、ヴィータの背中に手を回す。
「うん・・・行くよ。なのはちゃんを連れて、フェイトちゃんの所に行って謝る。きっと、フェイトちゃんは凄く怒るだろうけどそれでも謝るよ」
背中に回ったぎこちない腕の感触を感じながら、ヴィータが微笑み、口を開く。
「フェイトが許してくれるまで、何度も謝ろう。いつか、昔みたいに隠し事なんて無い友達に戻れる事を信じて・・・。だから、なのはの目を覚まさせよう。あいつも昔に戻りたがってるんだ。それに固執する余りに、一緒に成長するってことの喜びや楽しさを忘れてるんだ」
ヴィータは腕を緩めて、背伸びをする。
そっと、はやての頬にキスをする。
「大好きだよ、はやて。これからももっと幸せになろうね。はやての周りの人がみんな笑顔で居られるような世界を作ろう」
喜悦のあまり八神はやてが膝を折り、地べたに尻をつけて再び涙を零す。
「ヴィータ・・・私も・・・大好き・・・。ご、ごめんね・・・ごめんね・・・。私・・・私、こんな・・・酷い・・・奴なのに。好き・・・好き、ヴィータもみんな・・・みんな大好きなの」
哀哀たる嗚咽。
ヴィータが母性的な笑顔を浮かべ、手を差し伸べる。
「行こう、はやて。なのはを助けるんだ、私達の手で」
八神はやてがヴィータを手を取って、再び立ち上がる。
まだ痛哭を漏らして足元も覚束ないが、ヴィータの手を握っている限り、どこにも迷う事は無いように思われた。
二人が飛翔する。
空へ。
その先に待っているであろう、友を救うために。

******

>続き
「魔法少女リリカルなのは」二次創作小説 『胡蝶の夢は是非曲直に沈む』 ③
自作小説 | 18:40:39

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